ミャンマーで出家!? 人材会社で働く僕が経験した僧院生活

2015.12.07

私のミャンマー生活は

仏教僧院での「出家」から始まりました。

 

tamura1_1ミャンマーの友人たちと(筆者右端)

 

2015年4月中旬、

念願の支社立ち上げのために

私は意気揚々と首都ヤンゴンの空港に降り立ちました。

けれども、さっそく物事が思うようには進まない

ミャンマーの洗礼を浴びることになったのです。

 

街がほとんど機能停止!「水かけ祭り」

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ヤンゴンの湖(カンドージ湖)と鳥の形をした巨大な屋形船

 

ミャンマーには盆と正月が

一緒にやってくるような大型連休があります。

水かけ祭り」と呼ばれる祭日と

それに伴う10日程の連休期間は、

ミャンマー全土で一般企業どころか

近所の商店や飲食店もそのほとんどが店を閉じてしまう、

ミャンマーの人々にとっての一大イベントです。

 

けれども私のような新参外国人にとっては大問題。

タクシーの数も激減し、移動や食事さえ思うままにいきません。

 

日本人はおろか首都ヤンゴンにいる外国人のほとんどが期間中は帰国したり、

タイなどの国外へバカンスに出かけたりするものだと言うことは、

ミャンマーに来てから初めて知ったのでした。

 

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ミャンマーで最も有名な寺院、シュエダゴン・パゴダ

 

当初は会社の事業に関連がありそうな方々に

片っ端からお会いしようと考えていましたが、

それは難しそうな状況……さぁ、どうする!?

こんな時、下調べもろくにせずにやって来たことを

つい後悔してしまいそうですが、

数少ない私の強みは、楽天的なこと!

ピンチはチャンスだと考えて、

やろうと思っていたことができないのであれば、

普段できないけどやりたいと思っていたことをやろう

 

そして、ふと思い立ったことが、

ミャンマーで出家しよう!だったのです。

 

厳格な仏教寺院にいざ出家

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出家後の頭をシンガポールの同僚に笑われる

 

ミャンマーにはキリスト教、イスラム教、

ヒンドゥー教、アニミズムと様々な信仰が息づいていますが、

人口の約9割を仏教徒が占め、

それが敬虔な国民性となり知られています。

 

仏教徒の男性であればほぼ全員、

成人前に短期出家をするのが習わし

 

私はクリスマスを祝い、初詣に出かけ、

家には神棚と仏壇があるような典型的な日本人ですが、

両親の家はともに仏教なので、

出家をするのに何も問題ありません。

むしろ、かつてこの短期出家の話を聞いて以来、

「晴れてミャンマーに行けたらいつか私も」と思っていたのでした。

 

「ミャンマーを知らねば事業の成功はない」などと

自分に都合の良い理由がムクムクと沸き上がり、

こうして僕のミャンマー生活は、

出家生活で幕をあけることとなりました。

 

僧院によっては瞑想もろくにせず

出家生活の大半を遊んで過ごすようなところもあるようですが、

知人のミャンマー人に紹介されたのは、

Panditarama Shwe Taung Gong僧院。

ここはヤンゴンでも厳しい部類に入る場所でした。

 

出家当日。

シンガポール時代の同僚(ミャンマー人)が贈ってくれた

出家セットを抱え、いざ僧院へ。

着いたら、あれよあれよと言う間に頭をカミソリで丸められました。

案内してくれた知人が僧院を後にすると心細くなり、

より一層頭皮が肌寒く感じたものでした。

 

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そして始まった、

朝から晩までひたすら瞑想漬けの日々。 

ひたすら瞑想、瞑想、また瞑想

出家中の毎日の生活を簡単に紹介します。

 

03:00 起床    朝は早い。鐘の音で目覚める

04:00 座禅    早速座禅

05:00 朝食    会話は一切禁止。とてもおいしく、お代わり自由

06:00 托鉢    大きなお椀を抱いて、裸足で街中を巡り、信者の方から食べ物を分けていただく

08:00 水浴    サッパリ、気分が一新

09:00 座禅  

10:00 昼食    托鉢でいただいた物を頂戴する。ずいぶん豪華な食事になることも

12:00 座禅  

13:00 歩き瞑想    一歩一歩の歩みと呼吸を感じながら、瞑想状態で歩く

14:00 説法    高僧の説法。私はインドの修行僧と共にPCで英語の説法を聞くのが日課だった

16:00 座禅

17:00 歩き瞑想

18:00 座禅

19:00 歩き瞑想

20:00 座禅

21:00 水浴び、就寝

 

会話は基本的に許されておらず、

ミャンマー語ができない私は

インドから仏教留学中の若い僧侶と

一日に一言二言交わす以外は無言で貫くことになりました。

ただひたすら、煩悩と自我の断片が渦巻く自身の内面と、

呼吸や身体感覚と対話する毎日

 

あれは出家して4日目のことでした。

静かに座禅を組んでいると、

わずかな時間差で

鼓動のリズムと共に無数の血流の音が

全身から「トゥクトゥクトゥク」と

湧き出るかのように聞こえ出したのです。

 

「ふわぁ、すごい境地に達したぞ、これは」と

浅はかな私は心の中で叫びました。

けれどもすぐに、それは少し真面目に瞑想に取り組んでいれば

ある程度の人が経験しうる感覚でしかないと知ったのでした。

長い人は数ヶ月から何年間もの出家を何度も行うわけですから、

とても私などが1週間では窺い知ることのできない

深淵なる世界が広がっていることだけは分かりました。

 

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屋形船の乗り口。とても船とは思えない荘厳さ

 

そうこうするうちに約1週間の「短期出家」も最終日。

「水かけ祭り」も終わりを迎えようとしていました。

丸めたツルツルの頭を撫でながら、

これから始まるミャンマー生活に想いをはせて

僧院の門を後にしたのでした。

 

 

今後は、私が見聞したミャンマーの現地事情や私の日常、

それにミャンマーで働くことになった理由などをお届けしていきます!

 

ライター

田村 啓/Kei Tamura

1984年兵庫県生まれ。学生時代はリトアニア留学やキリマンジャロ登頂から歴史教科書の翻訳展示、投資サークル設立まで興味の向かう先をひたすら徘徊。雑誌『風の旅人』に魅せられ、出版元の秘境系旅行会社に就職、主に中近東・北アフリカを担当し、運よく南極含め80ヶ国近くを訪れる。その後日本・シンガポールで約4年人材事業に携わり、2015年4月からミャンマー支社立上げを担当。好きな言葉は「融通無碍」「行雲流水の如く」。

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