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一人ひとりが能力に見合った職業を~カンボジア国内で圧倒的ナンバー1を獲る – Creative Diamond Links Co.,Ltd. 代表 鳴海貴紀氏

Posted on 2015年11月17日
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公務員として20年以上の順調なキャリアから一転、鳴海氏はカンボジアでCreative Diamond Links Co.,Ltd.という人材紹介会社を興した。起業の情報が極めて少ない環境などに苦労しながらも事業を拡大し、今ではカンボジア国内の人材紹介実績数ナンバー1を誇る会社に成長させている。

この国で「愛される存在」になる

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公務員としてのキャリアを断ちカンボジアで起業することを決意された鳴海さんですが、それは何歳の頃でしたか?

カンボジアへの視察旅行が2012年3月のことで、日本に帰国してすぐ職場に辞表を提出しました。当時40歳でしたね。周囲からも「このご時世に辞めて大丈夫?」という感じで見られていました。確かに勇気の要る決断ではありましたが、これは楽観的な自分の性格も関係していると思います。 それに、私からしたら人生この先数十年にわたって給与が右肩上がりでいく(少なくとも今と同程度はもらえる)と信じていることのほうが怖いことのように感じます。「日本脱出」という気持ちも少なからずありました。

カンボジアにはいつ頃来られたのですか?

視察旅行を終えた2ヶ月後の、2012年5月です。日本の家や家財道具も全て引き払い、まさに退路を断ってやって来ました。 私は英語ができないので、最初はフィリピンに3ヶ月くらい留学しようかなとも考えていたのですが、視察から実際に来るまでのたった2ヶ月間でもカンボジアが成長したのを肌で感じました。そんな様子を目の当たりにしたら「3ヶ月もフィリピンで英語を勉強している場合じゃないぞ」と、とても行く気になれなかったんです。英語は通訳を立ててなんとかすればいいだろうと、すぐに法人登記の申請、現地スタッフ2名の採用をして、オフィスは私のアパートの一室からの船出でした。 日本にいる間にビジネスプランはあれこれ考えていましたが、実際に来てやってみるとその通りにはいかないことばかり。たった数年前の話ですが、今とは比べ物にならないくらい外国人にとって起業にまつわる情報も少なく、とにかく分からないことばかりの中で、トライ&エラーを繰り返しながら今日までやってきたという感じです。

会社を設立されてから、事業はどのように推移しましたか?

とにかく最初は苦労の連続で、一番大変だったのは求人を出すクライアントが全く来なかったことですね。広告を出しても全く反応が無いので、一時は電話が壊れているのではないかと疑い、調べてもらったくらいです(笑)。カンボジアのようにまだ市場が小さな国は、大手の参入こそ少ないですが、マーケットも未成熟なので新参者には厳しい環境でした。プノンペンで有名なオフィスビルに入居して信用度を高めたり、職場に寝泊りするほどがむしゃらに働きながら、減っていく一方の自己資金に不安を感じたりしていました。 数少ない目の前のお客様に丁寧に向き合っていくことで口コミが広がって少しずつクライアントが増えていき、それからは比較的順調に事業を成長させています。私も日本人会などの会合に呼んでいただくことなどが増えて、カンボジアでのたくさんのご縁に感謝する日々です。 また弊社のグループ会社として「CDLマーケティングパートナーズ」というマーケティング会社も2013年9月に設立しました。ここではマーケティングの一環として「カンボジアビジネスパートナーズ」というフリーマガジンを年に2回、約8,000部発行しており、これからカンボジアで起業される方に向けて有益な情報をふんだんに盛り込んだ内容にしています。「私が起業したとき、まさにこんなものが欲しかった」と思える一冊で、好評をいただいております。 雑誌発行に限らず人材開発・育成事業も、またクライアントが日系のみならず欧米系・中華系企業にも展開できたのも、当初の計画ではもっと後のことだと考えていたので、事業が前倒しで進んでいることは素直に嬉しいですね。ただ実現したいことはまだたくさんあります。厚生労働省で実施していた人材育成プログラムのようなものも今後開発していきたいですし、求人誌の発行や人材派遣、またローカル企業への展開など、人材紹介業だけに固執せず幅を広げていきたいと思っています。

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人材育成とは、現地カンボジア人の育成ということですか?

はい。カンボジアの成長率は現在、年間7%程度ですが、人の成長がその数字に追いついていません。日系の多くの企業が「現地化」を目標としますが、果たして本当に現地の人材に工場やオフィスを任すことができるのかというと現状では難しいのが実態です。そもそも人材育成というと、同じ会社で長期間働いてくれることが前提としてあるわけですが、カンボジアの一般的な感覚では1年以上同じ場所で働いたらもう長いと感じるようです。「日本では3年以内に辞めたら早いという感覚だよ」と教えると、皆揃って驚かれます。 カンボジアの方々は比較的温和で親しみやすい人々ですが、仕事のスタンスが「指示待ち」な人が多いんですね。社会人としての基礎力は、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」この3つと日本の経産省も定義しているのですが、カンボジア人にはこれらが残念ながらまだ低く、日々ご相談いただくクライアントのみならず、私自身も試行錯誤しています。日本では小中学校の教育でこれらの能力が自然と身につくようになっていますが、カンボジアではその能力が弱いまま大学へ進学し、就職予備校のような存在として大学で語学などのスキルを身につけます。だから「英語は日本人より話せるけれど、社会人になる基礎力がない人材」が生まれてしまう、というのはカンボジア国内でもよく揶揄される話です。 ただしカンボジアの発展に人材の成長は必要不可欠です。これは弊社としても長期的視点で向き合っていくべき事業だと捉えています。また、ローカルスタッフのみならず日本人人材などの需要も今後増加するとの見込みから、近隣諸国の人材エージェントとも既に提携を始めており、今後より人材の流動化を図っていきたいと考えています。

今後の展望についてお聞かせ下さい。

弊社のスローガンは「お客様に感謝され、親しまれ、愛される存在になる」です。感謝されるだけでは普通の域を出ません。その先にある、地元の方々に親しまれ、愛される存在になりたいという願いを込め、毎日のように従業員たちと確認し合っています。2015年にASEAN経済共同体が発足予定で、我々人材会社も、今後はより各国の人材会社同士での統合の流れに傾いていくでしょう。その日のために、当社はカンボジア国内でゆるぎないナンバー1の座を維持・成長させていかなくてはなりません。他の国に進出している時間はないのです。スローガンで「愛されること」にこだわったのは、そういう背景があります。 私はカンボジアに骨を埋める覚悟でやって来ました。私たちのビジネスも短期的な利益を追うことはしたくありません。そうしてカンボジアの発展を、当事者のひとりとして長期的に支えていきたいと考えています。

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