ABROADERS

  • HOME
  • ヤンゴンの中心から「ミャンマー創生」を叫ぶ!

ヤンゴンの中心から「ミャンマー創生」を叫ぶ!

Posted on 2017年07月05日
0
1254

インド人、ミャンマー人、日本人が集まってミッチーナーで乾杯。歴史の皮肉


 


こんにちは、D徳です。


先週は、ミャンマー北部カチン州の州都、エーヤワディー川の河畔にある人口約14万人のミッチーナーへ、2泊3日で足を運んで来ました。市名はビルマ語で「大河の辺り」という意味だそうです。


 


 

外国人がまだ珍しい地域で

新しくなったミッチーナー空港。柱の模様が美しい


 


旅のキッカケは1ヶ月間だけD徳探偵事務所で受け入れているフラットメイト。


アジアの国境沿いの紛争地域の調査研究をしている方で、こんな機会でもないとカチン州まで訪れることはないだろうというノリで付いて行くことになりました。


 


空港に到着すると、外国人はレジスターを要求されます。ここはなんと数年前までは外国人は入域禁止だったエリアなのです。今でも許可が無ければ移動できない場所も多く、外国人は珍しい存在です。中国が鉱石の違法採掘をしていることもあり、川沿いには中華系の立派な家が立ち並んでいました。


 


これまでメールやスカイプでしかコンタクトを取っていなかった現地コーディネーターたちを介して、次々と仕事をこなしていく友人。皆、ミャンマー語の他にヒンドゥー語、英語、中国語など最低2言語を使いこなします。


「ビルマの戦い」の舞台となったこの地で、インド人、ミャンマー人、日本人がお酒を酌み交わす場に立ち会えるのは光栄なことでした。


 


 

「日本」にこだわるか、誇りとするか

エーヤワディー川を眺めながらひとり乾杯。ミャン創に想いを馳せる


 


日本を離れてから強烈に自分が日本人であることを意識すると同時に、日本という国に拘る自分はどんどん遠くなっているように思います。同行させてもらったフラットメイトに今後のキャリアについて相談したら「あなたが考えているその選択は、日本では受け入れられないかもしれないけれど、日本に拘らなければ、何のリスクにもならない」と言われ、自分の気持ちが一層定まった気がしました。


 


日本人であることに強い誇りをもつことは海外ではとても大事なことかと思いますが、日本に居ることにこだわっていては、見える世界も見えないまま変化に取り残されてしまいます。


今こそミャンマーに移住しましょう。新しい人生が必ず拓けますよ! ミャン創!


 


 

経験した日: 2017年06月21日

Ambassadorのプロフィール


D徳

福岡県出身。中学は1ヶ月のみ登校、高校は未進学。フリーターとなって全国を旅して回る傍、大検を取得し大学入学。09年の卒業後リクルート(現・リクルートライフスタイル)新卒入社。人口1万人の長野県小布施町役場に出向し、2年間、交流人口拡大と移住定住促進を担当。15年にリクルートを退職し、佐賀県庁に入庁。地方創生部門の立上げに参画し、移住・定住施策を実施。2016年3月に退職しフィリピン・セブ島へ逃亡。その後、学生時代含め10年間携わってきた地域活性化の分野と日本から離れ、2016年4月よりミャンマーへ移住。2018年4月〜6月まで無職を謳歌。ヤンゴンの公園でけん玉の練習に明け暮れる日々を過ごし、このままミャンマーの地方で世捨て人になろうと考えるも、紆余曲折あり、ヤンゴンで新米経営者として奮闘中。 不登校や移住・キャリア相談など各種お問い合わせは下記にお願いします。 takutisan@gmail.com

D徳さんが書いたノート


ミャンマー に関するノート