ABROADERS

  • HOME
  • 若者よ、リスクを取れ!セブ島進出編【教えて!噂の彼氏の海外事情】

若者よ、リスクを取れ!セブ島進出編【教えて!噂の彼氏の海外事情】

Posted on 2017年07月19日
0
1875

まあよんぶんたん!常夏のセブ島で心もカラダもすくすく成長中のShinyaです。今回は当時ペーペーだった22歳の僕が、どんな奇跡的な出会いと数%のイケメンパワーでセブ島にて仕事しながら生活できるまでに至ったのか。体験談としてしたためました。


「若者よ、リスクを取れ!」ということで、はい。取ってきました。リスク!!


やはりこの歳で海外且つやりたいことがやれる環境を手にいれるために、多少のリスクはなんのそのでこの数年全力疾走してきました。


セブ生活を手に入れるまでに僕がリスクを取る選択をしたのは2年の間に4回。


1回目:大学休学を選んだとき


2回目:兵庫→東京へ出ることを選んだとき


3回目:むきゅう(無給・無休)でも経験を積むを選んだとき


4回目:時給2000円フリーランス生活を捨て無休のセブ生活を選んだとき


セブ行きのチケットを掴んだ当時の僕は、大学を休学し東京でプログラミング武者修行中。


東京に出て何度かの挫折と甘酸っぱい青春を繰り返し、遠隔でできる開発案件を平均時給2000円でやれる程度にはなんとか成長し、約1年かけピッカピカのフリーランスエンジニア1年生デビューを果たしました。


「よっしゃ!これでどこでも稼げるはず。海外行くべ海外!ノマドのまど!」とミーハーだった僕はPCひとつでどこでも生きてけるノマドライフに憧れて海外行きを決意しました。


ただこんだけ軽いノリだと対外的にもどう説明したらいいのかと、せめて親を納得させられるだけの理由を考えました。


①今後グローバルにエンジニアとして活動したい


②プログラミングの世界でテッペン目指すにも英語力が必要


③当時の僕の英語力は中学校赤点レベル。。


の3本立てで理由を後付けし、周りも応援してくれるようになったので、いざ!Amazonさん!


WEBでぽちぽちとノマドライフなバックパック必至アイテムを購入していきました。


納得感ありすぎる理由に自分自身も本当にそうだと 思い込み マインドセットし俄然海外へのモチベーションが高まりつつ、大きなリュックサックやくるくる巻いて担げるテント、旅の必需品サバイバルナイフなどが次々と実家に届いていたころ、奇跡的な出会いがありました。


“立ち上げからジョインし現在も一緒に世界へ向けビジネスを展開しているネクシード代表の高原さん”


きっかけはFacebook。


当時エンジニアとしてデビューしたばかりで、もっともっといろんな繋がりを作ろうとFacebookにエンジニアとしての活動なんかを投稿していました。


そんな中、「物価が安くて常夏で英語圏の国に行って英語学びながらエンジニアします!」といった投稿を見た友人伝いに紹介されたのが今のセブライフの始まりでした。


僕←幼馴染←当時の彼女←前職インターン仲間(ネクシードの立ち上げメンバー)


という6次の隔たりを体現するかのような繋がりを見せた結果、今もっとも夢中になれる環境にいられるんだな。人との繋がりって大事だな。と今書いてて改めて感じています。


そんなこんなで、プログラミングのプの字も知らない代表と計7、8回(多すぎて覚えてない)にも及ぶ面接をなんとか通過し、セブ行きのチケットを手に入れました。


当時の僕のスキルセットといえば↓


英語力     :1


プログラミング力:3


ビジネス力   :1


努力      :10


※10段階評価


まだまだ駆け出しの学生で、メールのお作法?PDCAサイクル?How are you?!といった具合。


ただ、成長したい!プログラミングでどこででも生きていきたいという気持ちは人一倍強く、そのための努力は身を粉にしてでもやってきました。


また、元々は猪突猛進タイプ。与えられたミッションはとりあえず時間を最大限かけとにかく行動でなんとかしてきたのですが、このころから効率・やり方を意識するようになってました。(プログラミングの影響)


来るビジネスの場で歴戦の猛者たちと渡り合っていくため、脳みそのバージョンをアップグレードし、「とにかくやる自分Ver 1.0 → 考えながらやる自分Ver 2.0」へと移行中でもあったため、そういった点も踏まえ伸びしろを評価されたのだと思っています。


脳みそアップグレードの話は設計図にしたおすすめの本や仕事・私生活での活かし方・変化なども是非紹介したいのですが、これまた長くなるので今回は止めときます。今度にしましょう。


さて、僕はここでひとつ、リスクを取りました。


ネクシードとの最初の契約は、「無休で3ヶ月。その先は成果次第」でした。


当たり前です。当時まだ学生でスキルセットもまだまだだった僕。まずは信頼と実績を積む必要がありましたから。


ただそうなると、今まで積み上げてきて、やっとの思いで勝ち取った時給2000円。しかも趣味といってもいいくらい大好きなプログラミングを毎日やっているだけでお金がはいってくる状況。この環境を捨てて、無休で海外の地、まだ会社もしっかり立ち上がっていないような状況を選ぶことになる。


普通なら少しは考えるのかな。せっかく苦労して手にした夢のフリーランス。今ここで捨てるべきなのか?って。


代表との最後の面接後、合格をもらいその場で航空券を取得し、2日後にはセブ島に降り立っていました。


はい、即決即答です。


たかだか1年2年頑張って獲得できた環境なら、またいつでも手に入れられると。後悔のないよう、よりワクワクする選択を考えたとき、セブ島!となりました。

STEP BY STEP

さて、ここまででセブ進出の経緯を僭越ながらしたためてきましたが、こういった詳細を話したことがない方からはよく「どうやってプログラミング初心者で何もないところからセブ島でエンジニアとして働けたんですか?」と聞かれます。


この質問から僕が感じ取るものはいつも決まって「なんか裏技的なもの期待してるな」です。開始数分でラスボスのクッパステージまでいけちゃうスーファミマリオ的な裏技が知りたい。そんな感情を。


わかります。


できれば最短で、最速で人よりも早くそこに辿り着きたいという気持ち。


でも、考えてみてください。


その裏技をキメるために、一体全体何万回の失敗をマリオは繰り返してきたでしょうか。たぶんはじめは一面から正規のルートを通って、戦闘力0に等しいクリボーにすらビビりながら、失敗のひとつひとつから成功法を学習し、毎日クリアを夢見ながら、次なる試練にワクワクしながら、そのプロセスを楽しみながら全クリという目標達成へ向け進んできたのではないでしょうか?


時には母親にスーファミ本体を没収され、時には1つ下の弟が電源コンセントに足を引っ掛けログがリセットされた苦い想い出。。



少し話がノスタルジックになってきましたので本題に戻ります。


要するに、一発でラスボス(目標)までいけるような裏技なんて僕は知らないです。


知っているのは一歩一歩、目の前のステージをクリアすること。


ワクワクしながら、失敗から学ぶことやクリアしたときの喜びすべての経験を脳に焼き付けながら成長し、その先にクッパがいること。


今までの経験値のすべてを駆使してクッパを倒した先にあるハッピーエンドだからこそやりがいがあること。


初心者→海外フリーランスエンジニア


ではなく、


初心者→武者修行→無休インターン→日本でフリーランス→海外で無休インターン→海外でエンジニア


であったこと。


大事なのはSTEP BY STEPで、自分の成長を楽しみながら日々全力で取り組むことだと思います。


その過程で入ってくるお金や生活水準が下がることなんて、そんなの長い人生で見た時、誤差も誤差だと思うんです。


そういったものにはさくっと見切りをつけて、リスクを取って他より先に一歩踏み出せるかどうかが、僕をここまで連れてきてくれたんだと思います。


なので、みなさん。もし目の前にふたつ以上人生の選択肢があり、悩んだ際は是非リスクを恐れず、ワクワクするほうを選んで後悔のない人生にしてください。


いいじゃないですか。一度や二度の失敗なんて。


リスクを取らず、先が見えた選択をして、結局つまらなくて、30,40歳のなったときにあっちの道を選んどけばよかったって思うよりは。


死ぬ以外はかすり傷!ちっちゃいことは気にせず大きなってこい!


セブに発つ前に父に言われた一言。


これからも、死ぬかもしれないギリギリの選択をしながら、リスクをとって成長していきましょう!


おしまい。


ありがとうございました。

経験した日: 2017年07月10日

Ambassadorのプロフィール


Shinya Hirai

1990年生まれ、兵庫県出身。大学休学中に独学でフリーランスエンジニアに。WiFiとPCさえ揃えば世界中どこででも仕事ができる環境の中、さらなるスキルアップの場を探していた際にフィリピン・セブ島で語学スクールを運営するネクシードと出会い海外進出。 自身の経験からプログラミング学習難易度の高さを強く感じ、多くの人に最適なプログラミング学習環境を提供すべくアジア初のIT×英語スクール「エンジニア留学」を立ち上げる。

Shinya Hiraiさんが書いたノート


フィリピン に関するノート