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勇気をもって「真っ裸」になる大切さ 

Posted on 2016年01月15日
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NPO「かものはしプロジェクト」で代表を務める、青木健太です。カンボジアで働いて今年で7年です。

 

成熟するために脱ぐ

 

以前、私が尊敬する師匠にこんなことを言われました。

経営者として大事なのは真っ裸になること

それは人と向き合うときに自分を守る鎧(よろい)や仮面をとりはずして、

その人に頭と心を使って対峙するということ。

例えば組織を辞めた人に何が不満だったのか、

自分は何が改善できるのかを真剣に聞いてみる。

そうすると自分は傷つくが、

相手に信頼されていろいろなことを学ぶチャンスも得られる」。

 

以来、それは僕にとって大切な価値観となっています。

 

ただ僕は「真っ裸」になるということは

何も経営者に限ったことではなく、

人が自分らしく生きていくために

実は大切なことなのではないかと思います

自分らしく生きるためには、成熟することが必要です。

成熟するとは、自分の未熟さを受け入れることでもあります。

 

僕自身の経験として、

特に若い時ほど世の中の「べき論」と自分の考えが区別できず、

自分の課題と他人の課題を分けて捉えることができなかったり、

向き合うべき課題が見つけられなかったりしました。

自身の未熟さを受け入れる勇気がなかったからです。

 

そんな、知らず知らずのうちに着込んでいた

重い心の鎧を脱ぐ勇気をくれたのが、

冒頭の師匠の言葉でした。

 

自分がもっていた、

「日本人としてXXができていないとダメなのでは?」

「20代のうちにはXXまでできていないとおかしいかもしれない」

「海外で働くにはこれくらいの英語とこれくらいのスキルが必要??」

といったいろんな「恐れ」と向き合い、

「それはやりたいと自分は心から思っているのか」

「無批判に人が言ったことを受け入れているだけなのではないか」

と考えながら自分の目標を決めていく。

そんなプロセスを経験した結果、

26歳で海外で働き始めたときと比べて、

幾分か成熟した自分になることができました。

 

海外には真っ裸になりやすい環境がある

 

前回の座談会記事で伝えたかったのは

『海外で就職したら何か良いことがある』というのは幻想にすぎず、

そこにはそこでの戦いがあるだけだ」と言うことでした。

ただ自分の経験として、海外で働けてありがたかったな、と思うこともあります。

それが記事の中でも触れたように、

海外に出たことで、自分の思い込みを冷静に振り返りやすかったということです。

今考えてみるとそれには3つの理由があるように思います。

 

<海外に出ると、自分の思い込みを振り返りやすい3つの理由>

理由1.日本の価値観が世界の価値観ではないことに気づくから

違う文化の中で、それまで出会った人々とは

まったく違う価値観で生きる人たちと仕事をすると、

日本で神話のように前提とされていること一つひとつが

単なる日本の一文化にすぎないことに気づかされました

(逆に自分がもっていた常識に沿って動いてくれる人は少ないので、

それに気づかないとずっと苦しみ続けます)。

 

kamo3_2

理由2.外部からの期待にとらわれなくなったから

日本では同世代の目、親の目が気になって

いろいろな人の想い・価値観を背負ってしまうようなことも、

海外に出ると冷静に見ることができるようになります。

もし日本で実家に暮らしていて、

親から毎日のようにメッセージを受け取っていたら、

私が親の期待と自分の課題を区別するのは難しかったでしょう。

親が自分に何を期待するのかは基本的に親の課題であり、

自分の課題ではありません

海外に出たことによって、親からのメッセージを一歩引いて冷静に捉え、

親の期待や親への反発のために生きようと、思わなくなったように思います。

自分が着ていた鎧が見えると、

それを着るか脱ぐかという選択ができるようになるのではないでしょうか。

 

 

理由3.比較的小さい組織で、濃い人間関係を求められることが多いから

日本では大企業で働いていた人も、

例えばカンボジアに来れば10人、20人の組織で働くことが普通です。

「やるべきことも、やり方も規定され、むしろそこから外れてはいけない働き方」から、

組織の中で落っこちているボールを自分で見つけて

つかんで投げ返すような働き方」に変化を求められることが多いでしょう。

そういった環境のなかで働くと、自分が大企業で鍛えられた仕事の仕方は

ひとつの文化(その環境に適応したひとつの正解)というだけであって、

万能ではないことを思い知らされます。

 

また、仕事の境目が曖昧なこともあるため、

同僚と深くふれあって連携していくことも欠かせません。

そのなかで自分の常識が通じない人

(同じ日本人同士だって意思が通じないこともありますよね)

とぶつかることもあるでしょう。

重要なのは、そこで諦めずに人間関係を構築していくこと。

人間関係とは常に両者の問題ですから、

時に自分の弱い部分を受け入れなければ

関係が前に進まないことも多々あります。

でも、それも自分の本当の姿が垣間見える大きなチャンスです!

 kamo3_1

向き合い続ければ、必ず報われる瞬間があります(スタッフ全員でしたチームビルディングのワークショップ時の写真)

結局は勇気の問題

 

ここまでで述べたのは

「海外就職をすると真っ裸になりやすい環境があるかもね」ということにすぎません。

本当に自分がそれに取り組めるかは、結局のところ自分次第です。

日本が生きづらいからなんとなく海外に来たという理由でも、良いと思います。

ただ、「なんとなく居心地がよいから適当に働くんだ……」

「人間関係も、仕事のクオリティも適当で良いんだ……」

と思っていたら、結局真っ裸になれることはないでしょう

 

勇気を出して、自分が本当にもちたいと思う価値観と、

そうでない思い込みを区別しなければいけません。

そのためには自分の腹を切って開き、

その中にある一つひとつの価値観を吟味して

また腹に戻していくような痛みをともなうプロセスが必要です。

自分のトラウマや家族との関係、

頭ではわかっていても心がついていかないこと、

そんなことにも目を向けるプロセスでもあります。

 

勇気をもって自分の未熟さに気づきそれを受け入れる。

自分の痛みに気づきそれを愛おしむ。

日本人だろうが現地の人だろうが

「べき論」に惑わされず、きちんと向き合う。

その勇気こそが、真っ裸になるために最も大切な要素だと思います。

 

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こちらが真っ裸になったからといって必ずしも相手が心を開いてくれるわけではありません(写真は愛娘と)

 

その勇気を最後までもてないままに物見遊山的に海外で働き、

ちょっとうまくいかないと帰る(もしくは国を変える)。

それでは、ずっとその土地と共に暮らす現地の人たちにとっても迷惑です。

 

最後はちょっと厳しい言い方になりましたが、

海外に就職することの良さのひとつを自分なりに整理してみました。

参考にしていただければ幸いです。

 

ライター

青木 健太/Kenta Aoki

大学2年の時に「子どもが売られない世界をつくる」ために、かものはしプロジェクトを立ち上げる。IT事業部にて資金調達を担当した後、2008年よりカンボジア駐在。かものはしプロジェクト共同代表、コミュニティファクトリー事業代表。5歳の娘と仲良くカンボジア・シェムリアップで単身赴任中。

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Ambassadorのプロフィール


横山優里

大学卒業後、素材メーカーに就職し、工場の生産管理として3年間勤務。2013年よりファンドレイジング担当の社会人インターンとしてかものはしに参画。現在は職員としてカンボジア駐在。現地で生産・販売するい草商品の販売・商品開発を担当。

横山優里さんが書いたノート


カンボジア に関するノート