ABROADERS

  • HOME
  • 映画の配達、バングラデシュのチッタゴン丘陵地帯から、はじまりはじまり অবিলম্বে শ্রেণীকক্ষ থিয়েটার পরিবর্তন করতে পারি【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

映画の配達、バングラデシュのチッタゴン丘陵地帯から、はじまりはじまり অবিলম্বে শ্রেণীকক্ষ থিয়েটার পরিবর্তন করতে পারি【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2018年04月25日
0
2376

前回の記事(過去記事リンク)でお伝えした通り、バングラデシュの農村部や、電気供給さえもままならないような地域へ、日本のアニメーション・映画を届けるプロジェクトを、先日ついに開始しました。


去る3月は、ある日本のアニメ作品のベンガル語・チャクマ語翻訳をしていたのと、初めて創った現地団体のこと、金銭トラブル、チッタゴン丘陵地帯の入域許可書のことなどで、気持ちがとても消極的になっていました……。ビザのために、3ヶ月に一度はバングラデシュを出なくてはならない私は、準備など思い通りにいかないことの連続で、半ば諦めていた部分も大いにありました。


でもこんな中途半端な気持ちで一時帰国はしたくない、今のプロジェクトを少しでも形にしなければ日本でお土産話にもならない。まずはやってみてダメだったことを解決しにいくような出国にしたい……。そう思い立ち、チッタゴン丘陵地帯に入域していた最終日、アポなしで、子どもたちのいそうな場所へ向かうことにしました。上映するための道具と、8分間のアニメーション『フィルとムー』は、バッグに詰めて来ていたのです。


 


 

上映いちばん目は、ぜったいにチッタゴン丘陵地帯で

そう、ずっと心に決めていました。


いちばん大好きだけれど、いつも居られる場所ではなく(外国人入域規制地域のため)、そういった障壁のせいで、なかなか「外の良いもの」に触れられず、外界と繋がりにくい場所。「外の良いもの」とあえて言うのは、そこの人々が望んでいない開発や人、製品の出入りなど悪いもののほうは進んでいるからです。外国人は入域において、この場所や人々に援助してはいけないという規定さえあります。


バンドルボンの町からCNG(天然ガストラック)で10分くらい山を登ると、写真のような自然いっぱいの丘陵景色に変わります。ツンツンと生えているのは焼畑パイナップルと、畑仕事を休憩中の少数民族の人たちです。


 


 

ボム民族の村

4月16日、「サングライ」と呼ばれるマルマ民族の新年祭の真っただ中。中でも、最も盛大に祝うバンドルボンの町では水掛け祭と休日モードでした。4月14日はベンガル歴の新年で、バングラデシュの国の祝日。そういった時期で、なかなか大勢の子どもは集まりにくいだろうなと思いながら、一縷の希望に賭けて、ボム民族の村へ向かいました。


「今から8分間の短いアニメをスクリーンで上映します。この映画は日本からもって来ました……」そんな風に、学校前のおチャ屋さんで話すと、すぐに、目の前の村の人たちへ伝わり、子どもたちが教室へ集ってきてくれました。


 


私にとって、第一回目の映画配達。小さな移動映画館です。


上映機器の扱いを事前に何度も練習していた甲斐あって設営はスムーズに進み、いよいよ上映スタートの時。私の心臓は高鳴り……楽しみと恐怖が混ざり合っていました。そんな心配は、子どもたちのスクリーンをまっすぐ見つめる姿と、時折クスクスっと見せる笑顔がかき消してくれました。暗闇をいいことに、ちょっと嬉し涙を流してしまいました。この、ぎゅうぎゅうで、段々の座り方にもキュンとします。


8分間が終わると、すぐさま子どもたちは「もう1回観る!」と言いました。同じ内容なのに……。


別れ際、外であまり笑顔のない子を見かけたので、「どうしたの?」と聞くと、「終わって嬉しくない。もっと観たい」と言われました。「今度は、40分の、言葉もついたアニメを届けに来るよ!」と話し、記念すべき1回目・ボム族の村を去りました。こういう想いに出会えていなかったせいで、ダラダラ翻訳作業をしていた3月をとても反省しました。


 


 

ムロ民族の村

次に、ムロ族の村へ立ち寄ると、なんと! 学校は開いていて、しかもムロ族の友人の友人が先生をしていて、すんなり上映していいこととなりました。写真の建物が校舎で、教室はふたつ。1~3年生が一室に30人くらい、4・5年生がもう一室に10人くらい居て、上映時は一室に集合して観てもらいました。


 


 

電気が通っていない村

教室の天井にはファンもありません。8分間密室にしてしまうと、暑くて子どもたちは嫌になってしまうのでは、という心配をしながら『フィルとムー』をスタートしました。


ちなみに、プロジェクターとサウンドボックスは充電式で、パソコンも充電満タンな状態で持って行きました。スクリーンは私ひとりでは持って来られなかったので、ベッドシーツを使いました。


映画の上映時、私は映画を観るフリをしながら、実は子どもたちをずっと眺めていました。だって、そっちのほうがコロコロ動き、光っていたから……。


 


 

スクリーンを見つめつめる子どもたち

どんな場所に暮らしていても、子ども時代に映画を観た記憶。なんだかちょっと楽しかった心地でもいい、印象に残って何かを明るく変えるなら尚更、ひとつの経験になってくれたらと願うばかりです。


 


 


 

次の約束を支えに

今回、飛び込みでやってみて良かったと心から思いました。


彼らに喜んでもらえる方法は他にも色々あると思うし、もっと必要な活動もあるでしょう。それはさんざん周りの人と議論もしてぶつかったりして、時に孤独も感じて、ということもありました。それでもやっぱり、私は「映画」で何かをしたい人なのです。そうして喜んでくれた彼らこそが、私の考えを初めて認めてくれた存在に見えて、この活動を続けていく力をもらいました。本当にありがとう……。


 


 


 

4th Hill Film Festival

4月9~11日には、チッタゴン丘陵地帯のランガマティ県で「4th Hill Film Festival」が開催されました。そこに、World Theater Project (外部リンク)として運営のサポートと作品の提供(『フィルとムー』)をしました。


この催しは、ダッカ大学へ進んだ少数民族の学生によって始められた、彼らのふるさとの映画祭。自分たちの言語や文化を忘れないというコンセプトで4年間続けられています。この地域で生まれた映像はまだまだ少なく、だけど少しずつ感化されて、「映画でこの土地を伝えよう!」という人たちが増えてきているのです。


 


 

まだまだこれから

チャクマ民族の映画祭メンバーと


3日間の映画祭では、高校生から大人までが主に来場してくれたのですが、一方で子どもたちは10人も見かけられませんでした。


それに、これはバングラあるあるですが、段取りの悪さや人の話の長さで、上映は時間通りに行えず、しかも『フィルとムー』の上映1回目はエンドロールの途中で切られ、2回目は、2時間程後ろにずれた上映スケジュールになってしまって人が減り、トホホな始末でした。


しかし、2度の上映とも観客の反応は上々でした。


バングラらしく、終始ハチャメチャだった Hill Film Fest. ですが、次回はもっと良くなるように、映画とこの場所が好きなこの仲間たちと共に頑張っていきたいです。


 


 

経験した日: 2018年04月27日

Ambassadorのプロフィール


NatsumiA

1985年生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリーの課題制作がきっかけでバングラデシュを訪れる。卒業後、映像制作会社の勤務を経て、2014年より単身でバングラデシュに暮らし始める。主な活動地は、チッタゴン丘陵地帯や国境沿いの地域で、少数民族と深く関わり、写真・映像制作を行っている(ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』【国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞 および 青年海外協力隊50周年賞受賞】、写真集『A window of Jumma』【クラウドファンディング】など)。現在は、ロヒンギャ難民キャンプにも活動を広げ、ChotoBela works という現地団体を立ち上げ、バングラデシュの子どもたちの "子ども時代 / チョトベラ" を豊かに彩ることを目標に、移動映画館(World Theater Project バングラデシュ支部代表)、アートクラス、カメラ教室、スポーツデイなどを開く。また、バンドルボン県で、クミ族とムロ族の子どもたちが寄宿するキニティウという学校をサポートしている。

NatsumiAさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート