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3年暮らしたミャンマーを、去りました!

Posted on 2019年06月13日
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タイトルの通りでございます。ミャンマーを去りました。ミャンマーで出会った皆様、3年間本当にお世話になりました。この3年間は毎日が刺激的で、日本で生活していたら絶対に得られなかった経験を数多くすることができました。


民主化したばかりでリスクだらけのミャンマーに単身乗り込んできた同世代の起業家たちはみんな、どこかネジが飛んでいて、日本で変人扱いされていた僕なんてかすむくらいの変な人たちばかりで、元来人付き合いの悪い僕も、ここで関わった人たちには心から尊敬の念を抱いていました。


海外生活初体験が民主化間もないミャンマー。英語もロクに話せず、劣悪な住環境とストレスだらけの勤務先……。最初の半年は身体的にも精神的にもこたえましたが、何とかサバイブすることができました。生き残ったぞーーー!!!


 


 

ふり返り1「探偵事務所設立」

「Philip D-toku Marlowe探偵事務所」という名のシェアハウスを2年間プライベートで運営してきました。延べ50人以上の外国人を世界中から受け入れ、少しはミャンマーで頑張る人々を応援できたかなぁと自己満足ながら感じております。


【過去記事リンク】【続・シェアハウスのススメ】毎日がカオス!世界中から集まるシェアメイトたち


不思議なご縁で出会った人々とは、今でも時折やり取りしています。大学教授、起業家、プロテニスプレイヤー、エンジニア……同世代ながら日本では考えられないほどの長期休暇を取って、自分を見つめ直す旅をする彼らの生き方には共感しました。
僕自身その影響もあって、クラウドファンディング経由で皆さんからの支援をいただいて欧州を旅するキッカケともなりました。後に今回の本帰国へと至った背景には、欧州で感じた生活の豊かさがあります。


2年前にこのシェアハウスを作ったことで、多くのドラマが生まれ、ミャンマーの生活がようやく本格的にスタートしたという実感を得られました。大きな投資ではありましたが、結果的に楽しかったのでいいのです。


 


 

ふり返り2「ダラへのドネーション」

毎月1回、ヤンゴンから船で5分行った先にあるダラ地区に訪問して、お米のドネーションをしていました。活動を1年半ほど続けた後は友人N氏に引き継いでもらいました。


【過去記事リンク】ミャンマー・ヤンゴンの片隅で。毎月恒例、ダラでドネーションに行ってきた


活動を始めたのは、この地で一度ぼったくられたて腹が立ち、この地区のことをもっと知ろうと思ったのがきっかけです。日本大使館も注意勧告を出すほどの危険エリアですが、僕はこの場所が大好きでした。


目立った産業もなく、たまに訪れる外国人相手にぼったくるしかなかったサイカー(安価なタクシーのようなもの)のおっちゃんたちが、今では私やN氏が作ったルートをなぞるようにして、お揃いのユニフォームを揃えて欧米人相手にツアーをする姿まで見るようになりました。20~30名の欧米人を連れてガイドする光景を見た時はぶったまげましたが、昔から「何も無い地域というのは無い」と思っていた自分の信条ともあいまって地域の魅力を掘り下げた結果、観光マーケットの創造に少なからず貢献できたことは非常に嬉しく感じています。


新しい面白いスポット見つければ嬉しそうに紹介して、顧客満足度を上げようと努力する彼らの思考が、以前とは比べものにならないほどビジネス思考になっていて成長を感じます。ダラツアーは、帰国してからも続いていくといいな~。


 


 

ミャンマーの地方は観光資源の宝庫だ

ミャンマー滞在中は、全国を旅して回りました。仕事終わりの金曜日にバスに飛び乗り、まだ荒削りで未開拓な地方の観光資源を見て回るのは楽しくて仕方がありませんでした。


特にカレン州とシャン州は共に10回以上訪れています。世界遺産への登録が予定されているバガン遺跡なども、今後ますます人気エリアとなること間違いなく、不当な外国人料金などが正式に撤廃されればミャンマー観光の市場は右肩上がりで成長するのではないかと期待しています。いつかこの分野で再びミャンマーに挑戦したいです。


【過去記事リンク】ミャンマー観光なら間違いなくシャン州!山奥での年越しトレッキングは焚火に満天の星…と最高すぎた


・【過去記事リンク】ミャンマーで週末プチ地方旅行!重力無視のゴールデンロック&自然の中を単独ツーリング


 


 

心揺さぶられた欧州旅

先ほども少し触れたように、昨年10月後半から欧州へ旅をしました。皆様からの寄付を元手に背中を押していただき、人生を考える1ヶ月となりました。


重厚な歴史から裏付けされた人々の豊かな生活スタイルは、未来の自身の生き方を考える上で特に大きな影響を受けました。仕事だけの人生ではなく、仕事も大事にしながら私生活も充実するよう体制づくりを意識していくためにも、一旦ミャンマーを離れることが懸命と今回判断するキッカケになりました。


【過去記事リンク】アジアで生きる私が、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)をヨーロッパで考え直した話


 


 


 

でも、ミャンマーは素晴らしい

ミャンマーは基本的に心優しい人が多く、アジアの国々はいくつか訪れましたが、最初に訪れたその瞬間に移住をしたいとまで心惹かれた国はここだけでした。


最初に訪問してからその半年後には公務員を辞めて移住してしまった自分の行動は、近年で最も懸命な判断だったと今でも思います。激動期のミャンマーを感じられた経験は一生の宝であり、第二の故郷としてこれからも大切な存在であることに変わりはありません。


 


ありがとう、ミャンマー!


 

経験した日: 2019年06月12日

Ambassadorのプロフィール


D徳

福岡県出身。中学は1ヶ月のみ登校、高校は未進学。フリーターとなって全国を旅して回る傍、大検を取得し大学入学。09年の卒業後リクルート(現・リクルートライフスタイル)新卒入社。人口1万人の長野県小布施町役場に出向し、2年間、交流人口拡大と移住定住促進を担当。15年にリクルートを退職し、佐賀県庁に入庁。地方創生部門の立上げに参画し、移住・定住施策を実施。2016年3月に退職しフィリピン・セブ島へ逃亡。その後、学生時代含め10年間携わってきた地域活性化の分野と日本から離れ、2016年4月よりミャンマーへ移住。2018年4月〜6月まで無職を謳歌。ヤンゴンの公園でけん玉の練習に明け暮れる日々を過ごし、このままミャンマーの地方で世捨て人になろうと考えるも、紆余曲折あり、ヤンゴンで新米経営者として奮闘中。 不登校や移住・キャリア相談など各種お問い合わせは下記にお願いします。 takutisan@gmail.com

D徳さんが書いたノート


ミャンマー に関するノート