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国際協力の世界にいた私が民間企業で働くわけ【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2017年10月03日
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はじめまして!Reeracoenのほりです。 


グローバル社会といわれてうん十年…国際協力や開発協力などを専攻する学生も年々増え、開発コンサルや青年海外協力隊、国連など、様々な国際機関を目指す方々も増えていると思います。


私も国際協力の世界を舞台に活躍したい!!!そんな想いを抱く高校生・大学生・大学院生でした。


今回は国際協力や開発援助の研究をしてきた私がどうして今の会社に入り、アジアを飛び回っているのか、国際協力を真剣に考えてきたからこそ、民間企業という選択肢をしたわけ、をご紹介したいと思います!

本気でラオスの経済成長について考えていた大学生・大学院生時代

国際協力を意識し始めたのは中学時代。青年海外協力隊を知り、自分も将来はその道に進んで貧しい国の人々の役に立ちたい!と漠然と考えるようになったのがきっかけです。英語の成績も良かったし、海外で働くってかっこいい……そんなレベルでした。


大学のゼミナールでラオスという国に出会い、その国の経済や歴史、成長に対する考え方に触れるようになって、もっとラオスを知りたい、開発について考えたい、国際機関で働きたい、と思うようになり進学を決意。大学院では社会学だった専門を開発経済学に変え、経済分析をするようになりました。


研究を進める中で、これまで「ボーペンニャン(なるようになるさ)」と言っていたラオス人が、どんどん「どうしたら日本のようになれるの?」「どうしたら成長できるの?」「どうしたら豊かになれるの?」と聞くようになったことが面白く、だったら一緒に成長できるような、日本も成長するし、ラオスも成長するし、そんな世界を作りたいと思うようになりました。


私が強く意識したのは「ともに成長すること」。どちらかが助けるとか、手伝うとかじゃなく、切磋琢磨するような、そんな関係を作りたい。心からそう思いました。援助とか支援という言葉が傲慢さに見えてきてしまい、国際協力研究科にいながら、国際協力という言葉があまり得意ではなくなるほどでした笑。


このあたりから、就職先は国際機関ではなく、民間企業で、アジアに早くから行ける会社に入ろう……と考えるように。

全然うまくいかない就職活動と現職との出会い

自分の就職活動はあまり思い出したくありませんが、全くと言っていいほど上手く行きませんでした 笑


大体最終選考までは進むのですが、そこで落ちてしまう……。今思えば、自分の意見を変に持ちすぎていました。頭の中は開発のことだらけでしたね。


そんな中、出会ったのが現在の会社である「株式会社ネオキャリア」です。その時、申し訳ないのですが人材業界に全くと言っていいほど興味がなく、ネオキャリアのことは知りませんでした(大変申し訳ございません)。ただ、「早くからアジアで働ける。」その謳い文句が気になって説明会を受けました。


人材業界との出会い、選考を重ねていく内に「“切磋琢磨できる関係を築きたい”って面白いね」と言っていただけたこと、人材紹介は雇用創出につながること、まずアジアで経験を積むことで、私が作りたい世界観がより具現化するのではないか?と思い、ネオキャリアに入社しました。

インドネシアとの出会い、様々な出会い、これから

いや、まさか入社1ヶ月で海外配属になるとは夢にも思ってなかったのですが、新卒1ヶ月で海外に飛びました。初めての配属国はインドネシア・ジャカルタ。


まじ、、、インドネシアとかどこだし?? というレベルでした笑


ラオスの研究してたんだから、タイでしょ!!!と、一人心のなかで突っ込んだことを今でも鮮明に覚えています。行ったことも見たこともないジャカルタでの社会人生活がスタート。人材紹介の営業として、インドネシア人の雇用を創出するぞ!!と意気込んでいたのは最初だけで、色々な壁にぶつかりました。


人材紹介業社があるからJob Hopperが増えているんじゃないか……


人材紹介業社があるから給与の高騰が起きているんじゃないか……


もう、毎日葛藤の日々。


ただ、いつも私の葛藤の話を聞いてくださるのはお客様や上長でした。新卒1年目ということもあり、お客様には本当に可愛がっていただき、営業なのに関係ない開発の話や、ラオスの話、私が作り上げたい世界観をよく話していました。


お客様からは様々な意見・アドバイスをいただきましたが、皆さん総じて仰っていただけたのは、志を無くしてはいけない。ということ。


「ほりちゃん、面白いね。そこまで考えてる営業、初めてだよ笑 うちの採用手伝ってみてよ!」と、少しづつですが求人をもらえるようになり、懸命に良い人を紹介しようと我武者羅になることで、お客様に価値を提供できるようになりました。


一人、また一人と採用を手伝えるようになると、自分の頑張りがインドネシアの雇用創出につながっているように感じ、より我武者羅になりました。私が頑張れば頑張るほど、インドネシアのGDPに貢献できているかも!(だいぶ大げさ笑)と本気で思っていました。


もちろん、国際機関に行っていた方が直接的な援助になったかもしれません。


もっと効率的な貢献が出来たかもしれません。 


ただ、ここまでアジアで働いてきて思うのは、援助や貢献をするのではなく、「誠心誠意向き合うこと」が大切で、資本主義社会の中で、自分たちだって成長していかなければならないということです。


援助したいと言う前に、自分が成長し続けないと相手に価値を届けることはできません。


私は民間企業に入ったからこそ、その視点を持つことができ、自分も成長し、自分が頑張ることで周囲に影響が与えられるようになったと思います。 


いまでは営業から、マーケティング、営業企画、コンサルタントと有り難いことに色々なことを挑戦させていただき、また国もインドネシアだけでなく、フィリピン、シンガポールと4年間で3ヶ国を経験させてもらえ、様々な経験を積むことができました。どんなポジション、どの国で働いていても考えることはひとつ。


アジアの経済成長に貢献しつつ、日系企業も稼げるような世界を作りたい。援助ではなく、お互い切磋琢磨できるような、そんな関係を構築していきたい。どこにいてもその気持は変わりません。


私は大学院にまで進学して開発について考えてきました。


だからこそ「援助をするのではなく、切磋琢磨しあいたい」と思うことができましたし、これからは民間企業が世界を変えていくと思うことができました。


ぜひ、国際協力や国際機関を目指している方も、アジアに飛び出して働いてみてはいかがでしょうか?

アジアで急成長中のReeracoenで一緒に働きませんか??

新卒・中途と各国メンバーを募集中!!


気になる方はぜひご連絡ください。


 


Reeracoen Singapore


堀 瑞恵(ほり・みずえ)


hori@reeracoen.sg


8798-2347

経験した日: 2017年10月03日

Ambassadorのプロフィール


堀 瑞恵

1989年生まれ、群馬県出身。大学・大学院では国際協力関係の研究室に所属し、開発経済学を選考。 ラオスをスタディフィールドに「これからは民間企業がアジアを変えていくんだ!」と言う強い思いを修士論文にしたためる。 新卒でアジアに関われるネオキャリアに入社。インドネシア・ジャカルタ→フィリピン・セブ→シンガポールと社会人4年目にして3カ国を経験。 どんな環境でも全力で物事を楽しめるのが取り柄。

堀 瑞恵さんが書いたノート


シンガポール に関するノート