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「無職」から「海外政府職員」に ~諦める人生から諦めない人生へ~
はじめまして。ベトナム・ブンタウ(Vung Tau)在住の薮下です。1990年1月生まれ、25歳の若造です。3年前、東京にある大学を卒業後、1年間ぷ~たらしつつも、一念発起で「渡越」しました。
今は、ベトナムの地方県庁の地方公務員として、日本企業誘致や日本企業支援、工業団地開発、産業政策策定等に携わっています。
さて本題の前に、僕が住むブンタウを少し紹介します。
ブンタウは、大都市ホーチミンから南東方面、車で1時間半のところにあるリゾート地。

20kmも続くビーチやカニ・エビ・シャコ・ロブスターなどの新鮮な海鮮料理、泥温泉が有名で、年間1000万人を超える地元観光客が訪れています。
産業面では、石油と天然ガスが多く採れることもあり、鉄鋼やガラス、石油化学などの重化学工業が発展し、ひとり当たりのGDPはベトナムで最も高く(約13,000ドル/年)、ホーチミンや首都ハノイの3倍近くもあります。
日本企業では、新日鉄住金、LIXIL、日本板硝子、旭硝子、共英製鋼、東京電力、九州電力、双日、住友商事などが進出し、最近ではニトリが約40ha(12万坪)の超大型工場を建設中です。
そうした日本企業支援や企業誘致のため、昨年7月にJICAお墨付きでベトナム政府機関のジャパンデスク事務局が県庁内に設置されました。
幸運にも、JICAとベトナム共産党からの推薦を受け、僕は正規のベトナム公務員として採用されたのです。

筆者:右から2番目
今回は、「渡越」決断までの経緯を書きたいと思います。
一冊の本が運命を変えた
生まれは東京、育ちは鹿児島。6歳の時に父が亡くなり、幼少期から高校卒業まで母の実家で育ちました。

筆者:右
大学入学と同時に上京し、大学4年生まで3つのアルバイトを掛け持ちしながら大学に通う日々。
大学生活を振り返ってみれば、アルバイトが本業で、学生が副業だったように思います。
卒業前は就職活動も行いましたが、あろうことか、どこにも就職せずに無職の道を選びました。
中学時代、母からよく「あんたは馬鹿だから大学には行けないよ」と言われた覚えがあります。
勉強せず、いつも遊んでばかりだったので、そう言われて当然でした。
もちろん、高校受験では4校受験し3校不合格の大失敗。
しかし、ある本を読んで、僕の人生は少しずつ変わり始めました。
それは、稲盛和夫さんの『21世紀の子どもたちへ 君の思いは必ず実現する』という本。
稲盛さんは、中学受験、大学受験、就職活動にも失敗し、親戚から紹介された京都の潰れかけの工場で働き始めました。
軍隊に入ろうかと悩んだ時期もあったそうですが、心を改めその工場で精進した結果、ファインセラミックスの一種(フォルステライト)を開発。
27歳で京セラ、52歳で第二電電(現:KDDI)を創設され、最近では首相直々の要請の元、日本航空(JAL)経営再建にも成功されました。
稲盛さんのように「何もないところから成功したい」と思った僕は、目の前の大学受験に向き合うため、猛烈な勢いで勉強を開始。
その結果、第一志望の大学に合格することができたのです。
諦めることを無意識に選んでいた大学時代

しかし、大学に入った僕は初心を忘れてしまいました。
友人から海外旅行に行こうと誘われても「お金がないから」と諦め、インターンはどう? と聞かれれば「時間がないから」と諦め、友人が起業したと聞けば「アルバイトがあるから同じことは出来ない」と諦めました。
大学受験という小さな成功を機に、「諦めること」を無意識に選ぶようになってしまったのです。
大学卒業の頃には、生きている心地を感じなくなり、目の前に広がるのは「諦め続ける人生」。
「このままではダメだ!」と思い、この悪循環を切り捨てるために再び手に取ったのは、稲盛さんの本でした。
何度も何度も読み返し、「どのように生きていけばいいのか」を 3ヶ月以上悩み続けました。
アルバイトをしている時も、シャワーを浴びている時も、料理をしている時も、寝る時も。
それでも答えは見つかりませんでした。
今振り返ると、当たり前だと思います。
何もチャレンジをしていない人が、どうやって生きていけばいいかを突然閃くわけがありません。
何も思いつかない代わりに、こう思い始めました。
「何をしたらいいのかわからないけれど、諦めるのは、もうやめよう」
「これからの人生、諦めてきたことを、叶えていく人生にしよう」
「生きる心地を失ってしまったのなら、それを取り戻す人生にしよう」
諦めてきた夢は山ほどありました。
海外旅行や海外生活、英語を話せるようになること、外国人と友達になること。
建築士や外交官、ファッションデザイナーにもなりたい! と思っていました。
そんな夢を、僕はひとつずつ叶えていくことを心に誓ったのです。
「まずは、英語と海外だ」
大学卒業前、友人とシェアしていた家に20人以上の海外旅行客を招き、ひたすら英語の練習をしました。
預金残高が3桁になりましたが、海外旅行の往復切符も買い、3ヶ月後に初めての海外旅行へ。
帰国後も、次なる夢に向かいました。
まずは建築士と思い、建築士になるための勉強を1日10時間。
夢を叶えることを中心に据えた生き方は行き当たりばったりですが、今までにない生き心地を感じました。
朝昼晩に食べるご飯も美味しく、明日が来るのが楽しみに感じるほど。
そして、ちょうど約1年が経った頃、Facebookのある人の投稿を見て、再び人生の転機が訪れたのです。
ライター
薮下 成仁 / Yabushita Naruhito
2012年9月、早稲田大学政治経済学部卒業。“新卒切符“を捨て、無職。諦め続けた大学時代に終止符を打ち、諦めない人生を送ることを決意。2013年12月に渡越し、地方私立大学ボランティア教員として就職。2014年7月、JICAとベトナム共産党の推薦を頂き、地方県庁計画投資局のベトナム地方公務員に。座右の銘「人は生まれながれにして自由であり、自らの人生を選び続ける責任がある」
Ambassadorのプロフィール




















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