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創業83年の会社で、前代未聞の海外事業を興す – 豫洲短板産業株式会社 代表取締役 森晋吾氏

Posted on 2015年12月22日
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ステンレス鋼材の専門商社・豫洲短板産業株式会社の三代目社長である森晋吾氏。社長就任以来、社内初の海外進出を実現するなど、歴史ある良き文化を守りながら、新たな事業開拓も攻めの姿勢で進めている。

物売りではなく「技術」「志」を売る営業に

事業内容について教えて下さい。

当社は今年で創業83年の、ステンレス鋼材の専門商社です。国内鋼材メーカーをはじめとする世界中のメーカーから鋼材を日本に輸入・ストックしてお客様に販売しています。1933年、私の祖父が愛媛県八幡浜市で機械工具・金物店を開業したところから始まり、約50年前にはステンレス専門の事業に落ち着きました。 海外事業として中国・上海、タイ・バンコク、ベトナム・ホーチミンにも拠点を出しています。中国ではプラントを中心に販売ルートを拡大しているところです。 ひとつ例を挙げると、中国・火力発電所の煙突の補修工事には当社がチタンを卸しています。私たちが日本でお付き合いさせていただいている企業の中に、チタンの特殊な加工技術に関して特許を持った会社があります。環境問題への配慮もある素晴らしい技術であることから、そこの権利を当社が利用させていただく形で営業展開しています。

歴史ある事業を継ぐのにはご苦労もありそうですね。

私は大学卒業後、広島にある同業者で3年間修業、その後2年間商社で勉強させていただいた後、2008年に3代目社長として就任しました。歴史ある会社を継ぐのには、起業などとはまた違った類の苦労があると思います。私にとっても、「会社の文化は変えずにどう新しいことをしていくか」ということが社長就任以来のテーマでもありました。 就任して間もない頃は、社員たちのあいだにも戸惑いが多く感じられました。社員に対して先代が求めてきたことと、私が求めるものも違っていたでしょうし、特に長く会社に貢献してこられた社員にとっては、適応するのも大変だったのではないかと思います。 海外事業に関しても、私が進出の意向を発表した当初、社内に賛成の声はゼロでした。中国語はおろか英語を話す人さえ私を含めて社内にはひとりもいなかったので、海外志向を持った人もあまりいなかったんです。先代である父からも「自分だったら海外事業はやらない」との意見。最終的には私の決断を尊重して「チャレンジできるのは若いうちの今しかないからな」と認めてくれましたが、完全同意というトーンではありませんでしたね。 そのため海外は、ひとりで勝手にやらせてもらうという感じでスタートしました。

全社から反対に遭いながらも、なぜ海外進出に踏み切ったのでしょうか?

海外展開は商社にいた頃から考えていました。当時業界内で囁かれていた「2006年問題」というのがあり、これは2006年に中国鋼材メーカーの生産量が需要を上回ることで日本国内のマーケットにも製品が流入し、応じて国内メーカーは再編など余儀なくされるだろうというものでした。そうなると、私たち卸売業も例外ではなく大きなうねりに巻き込まれ、統合や廃業の憂き目に遭う会社も出てくるだろう。当社の将来性に強い不安と危機感を抱き、今後はうちのような規模感の会社でも海外に打って出ていくべきだ、と意識し始めたのです。 2005年頃から、手始めに中国へ市場調査に出かけるようになりました。どんなものだろうと試しに足を運んでみたという感じでしたが、中国に着いてすぐ「このまま日本にいたらあかんな」と考えを改めました。現地の人々と話したり街の様子を見たりすることで、成長市場の放つ高揚感に圧倒されたのです。 私は現在41歳で、社会人になったのはバブル崩壊後のことだったので、あまり好景気というものを知りませんでした。中国市場を肌で感じて、それまで閉塞感の中でしか仕事をしていなかったことに初めて気がついたんです。私個人としてはモチベーションを高く維持してきたつもりでいましたが、こんな開けた市場に身を置いていればもっと事業や自分自身の可能性も開けていたのでは、と思いました。 最初は取引先などに連れて行ってもらっていた視察旅行でしたが、次第に自分ひとりで2ヶ月に1回の頻度で出向くように。何度も訪れていると、ある工場が翌年にはフロアを2倍の大きさに拡張していたり、街にもどんどん高層ビルが増えていったりするのが目に見えて分かり、成長スピードの早さも感じます。そうして現地で人を採用して上海拠点を作り、営業活動を開始しました。

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海外事業はどのように進めていきましたか?

最初は日本の技術力を売りに、鉄鋼メーカーの営業の方と一緒に営業していたのですが、全くと言っていいほど受注できなかったんです。日本の良い材料を持って行けばそれが喜ばれて必然的に売れるだろうという当初の目論見は外れ、散々な結果となってしまいました。 つまるところ、中国のお客様はそんなに良い物を求めているわけではなかったんです。日本には「安かろう 悪かろう」という言葉がありますが、少なくとも私が中国でお会いしたお客様の感覚は「質は低いかもしれないけれど、でもそのぶん安いんでしょう?」「安いことはいいことだ」という感じでした。 これではジャパン・クオリティを武器に営業することは出来ません。「日本製にこだわる必要はない」と私も執着を捨てて、海外のお客様が心底欲しいものは何なのか、「モノを売る」のではなく「技術を売る」という方向に意識を向けるようになっていきました。こうして今では日本製の鉄鋼だけでなく中国製品も取扱いさせていただいています。 中国では特に近年、環境問題が深刻な状況にあります。日本でもよく話題にあがるPM2.5が取り沙汰される前から、当社は環境問題にもスポットをあてて営業活動してきました。そこで日系メーカーの持つ、環境保護の観点からもレベルの高い技術を私たちが売り込む形で、今では中国市場に食い込んでいます。 中国のビジネスマンたちは「誰に」紹介されるかをとても重要視していて、紹介された後も会食の場などでその人物を見極めます。それは日本でも同じことですが、特徴的なのは、白酒(バイジウ。アルコール度数40度前後ある蒸留酒)の杯を交わし、浴びるように飲むことで関係性を深める点です。お酒の場を共有することが商談の大事なステップとして存在しているのです。私も体を張って現地の商習慣に溶け込むようにしています。 「鋼材要りませんか」という売り文句で営業活動していた頃とは一変し、今では環境をテーマとした工業の在り方など、それぞれの想いや考えを私とお客様で交換するなどして商談を進めています。物を売るだけではなく、想いや志を共有することでまた新たな人とのご縁をいただき、たくさんの方々が応援してくださったことで、小さな苦労はあっても大きなトラブルも無く、今日までやってくることができました。 2年程前から受注数も徐々に増えてきており、まさにこれからという感じです。

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