ABROADERS

  • HOME
  • 未経験にも関わらず、カンボジアで農地開拓に挑戦-HUGS Co.,Ltd. CEOの黒川 治郎氏はどのようにしてゼロから事業を切り開いたのか?

未経験にも関わらず、カンボジアで農地開拓に挑戦-HUGS Co.,Ltd. CEOの黒川 治郎氏はどのようにしてゼロから事業を切り開いたのか?

Posted on 2014年10月07日
0
346

カンボジアで農地開発と農業経営、日本企業の進出支援を行うHUGS Co.,Ltd. CEOの黒川 治郎氏。現在カンボジアに80ヘクタールの農地を経営する他、プノンペンの中心地に10店舗以上の日本の店が集まるJapan Streetを作るなど様々な事業を展開。2011年には自身も家族とともにカンボジアへ移住。日本企業のカンボジア進出支援も積極的に行ない、現在までに400名を越える経営者をカンボジアへ導いている。

何の事業をするかを決めずに飛び込んだ

re_MG_2730

事業内容について教えて下さい。

私が代表を務めるHUGSでは、主要事業がふたつあります。ひとつは農地開発と農業経営。ふたつ目は、日本企業へのカンボジア進出支援です。 27歳の時に日本で起業したのですが、その時に行っていたのは焼肉店やゴルフスクールといったフランチャイズビジネスの支援事業。元々日本で農業経験があったから農業を始めたわけではなく、カンボジアに飛び込んでから事業内容を決めました。

カンボジアに飛び込まれたきっかけを教えて下さい。

日本で起業して3年が過ぎた頃に、そろそろ世界に出なくては手遅れになるのではという危機感を感じ、海外に出ようと決意したのです。 そこで、どの場所で事業を始めるかを決めようと思い、ヨーロッパやアフリカ、アジアを周り、2010年7月に初めてカンボジアを訪れた時に「この場所でやろう」と直感で決めました。 同年の4月に私は一戸建てを新築したばかりだったのですが、帰国後すぐに「この家を売る」と妻に伝え、移住準備を開始。その約半年後には、家の引き渡しとともに妻と子どもと移住しました。

海外で事業をすることに、不安や抵抗感はなかったのでしょうか?

まったくなかったです。むしろ、私の頭の中には常に「世界」という意識があり、早く海外で会社を経営したいと思っていました。 実は、私は父が駐在員として赴任していた関係で、イラクのバグダッド生まれです。 1歳半までこの場所で暮らし、その後は小学生の時に半年間ほどシンガポールに住み、大学入学後はプロサッカー選手を目指して1年休学をしてイギリスで10カ月セミプロとして活動しました。 だから、日本の事業をたたんで海外に飛び出すことに対しては、ほとんど抵抗感はありませんでした。

事業で最も重要なのは、人との出会い

re_MG_3103

カンボジアで行う事業はどのように決められたのでしょうか?

カンボジアに来た時は何の事業をするか決めていない状況で、現地に住みながらさまざまなことに取り組むなかで決めようと思っていました。 最初は孤児院の支援を中心に行っていたのですが、寄付やボランティアに頼った活動には限界があると感じました。 カンボジアという国は、今までにたくさんの国や団体から寄付されてきたため、寄付に慣れて与えられることが当たり前のようになっています。 彼らにただ与えるだけではなく、一緒にビジネスをすることで彼らの自立に繋がることをしなければと思い、その時に思い浮かんだのが農業でした。

カンボジアの農業事情を教えて下さい。

カンボジアは農業国で、約8割もの人が農業に就いています。しかし、農地の開発が遅れ、労働生産性も低いため、農業国でありながら農業後進国でもあります。 そこで私たちが携わることでカンボジアの農業を活性化し、農家の経済的自立に貢献できないものだろうかと考えたのです。 スタッフのなかには誰も農業経験者がいなかったのですが、長年農業に取り組まれている現地の方と、ご縁でつながりができたのが大きかったです。この人たちの役に立ちたいと思ったのです。 現在HUGSでは、カンボジアとタイの国境沿いにある州で約80ヘクタールの農場経営をしております。この土地の広さは、東京ドーム17個分の大きさに相当します。 農業の他、養豚や魚の養殖も手掛け、弊社で一番大きな事業です。 農地開発では、自分たちで農業用の重機を購入して、開墾するところから始めました。そこでは主にキャッサバという芋を栽培して、タイやベトナムに輸出しています。 キャッサバは日本では馴染みがありませんが、芋のなかでは世界的にはジャガイモに次いで生産量が多いのです。その他に、日本向けにショウガやゴマの栽培を考えています。 カンボジアの農地で、もっとたくさんのものを生産していける状況を作っていきたいですね。

re_MG_3157

何をするかを決めずにカンボジアに飛び込まれ、事業を切り開かれていることが印象的です。

私たちは専門性を持っていないからこそ、ここまで進んでこれたのだと思っています。 まず、人との出会いがあり、その人に共鳴して、その人のために何ができるか、その人と一緒に何ができるかを考えます。そしてビジネスプランを立て、一度事業を動かし始めたらやり遂げる。 そういうスタイルのほうがやりがいも感じられるし、何より楽しいんですよね。

このノートに関連するタグ

Ambassadorのプロフィール


ABROADERS事務局

ABROADERS事務局、公式アカウントです♪ アジアで活躍する方々のインタビュー記事や4コマ漫画など、アジアの面白コンテンツを発信していきます!

ABROADERS事務局さんが書いたノート


日本 に関するノート