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Web会議を最も必要としたのは、他でもない自分だった – 株式会社ブイキューブ代表取締役社長 間下 直晃氏が提案する、新たなビジネスのコミュニケーションスタイル

Posted on 2014年09月24日
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ビジュアルコミュニケーション事業を主体に行う株式会社ブイキューブ代表取締役社長 間下氏。2008年よりWeb会議市場における国内シェアNO.1を獲得、現在まで7年連続で首位を獲得している。米国インテルキャピタルからの出資を機に、マレーシア、シンガポール、インドネシアに現地法人を設立。また、2013年1月より、活動拠点をシンガポールに移し、アジアを中心としたグローバル展開を進めている。2013年12月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場。

肌で実感した、アメリカ市場での現実

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事業内容について教えて下さい。

ブイキューブは、Web会議をはじめとしたビジュアルコミュニケーションサービスの開発・運用を行っている会社です。この分野においては、2007年から国内シェア1位を維持しています。 会社の立ち上げは私が大学3年生だった1998年に行い、元々はWebサイトの制作や携帯電話のアプリケーションの開発などを中心に行っていたのですが、2003年にアメリカのロサンゼルスに子会社を設立したことをきっかけに今のサービスが生まれました。

Web会議サービスはどのようにして生まれたのでしょうか?

そもそも私たちがWeb会議の開発を手掛けることになったきっかけは、マーケットやユーザーのニーズからではなく、自社内での必要性に迫られたからでした。 当時、携帯電話のアプリケーションについては、アメリカよりも日本のほうがずっと進んでいました。「それなら日本の自分たちの技術を持っていけば、アメリカでも勝負できるのではないか」と考え、挑戦することにしたのです。 しかし、実際にアメリカに子会社を構えてみると、ある問題が起こったのです。 私が日本の本社に居続けるとアメリカの業務が滞り、アメリカに行くと日本の業務が滞るように。そこで日本とアメリカでのコミュニケーションを円滑にするためにテレビ会議システムの導入を検討したのですが、約1000万円もの費用がかかることが分かり、諦めました。 「それならば、自分たちで作ってしまおう」ということで開発したのが、インターネット回線を利用したWeb会議サービスです。 社内で私自身がサービスを使い、直接開発者とやり取りしながらより使いやすいように改良を重ねるうちに、製品としてお客様にご提供できるレベルにまで達したというわけです。 まさに、必要は発明の母。当時はまだ、社員数は20〜30人程度の本当に小さな会社だったので、アメリカに会社を作るなんて無謀なチャレンジだったとも言えます。 しかし、あの時行動していなければ、このサービスは生まれていませんでした。

勝つために、戦いやすい国を選ぶ

元々海外展開をしたいという思いは持っていたのでしょうか?

大学生の時に起業をしたため、留学の時間を取れなかったので、いつか海外で何かできればいいなという気持ちはありました。 アメリカの子会社を作ったことで、何度もアメリカに行き、そこで日本のベンチャー企業がアメリカで戦う難しさを身をもって経験できたことは有意義な経験だったと思います。

どのような部分でアメリカ進出は難しいと思われたのでしょうか?

日本とアメリカでは、ベンチャー企業の資金調達力が全く違います。 今の私たちの企業規模では、日本で調達できる金額はせいぜい10億円レベルが限度。一方、アメリカの場合は、私たちと同じ規模の会社だったとしても、100億円レベルの資金を調達することができます。 仮に技術力は自分たちの方が勝っていたとしても、資金調達力で数倍以上もの差をつけられたらやはり厳しい。つまり、日本のベンチャー企業は、アメリカ企業に真っ向勝負を挑んでも敵わない。 それなら私たちは、日本企業ならではの強みを活かせるフィールドで、その強みを存分に発揮してアメリカ企業に対抗していくしかない。 「どこでどう戦っていくか」ということを考えるようになったのです。そこで私たちが選んだのがアジアでした。        

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アジアにはいつから進出をしているのですか?

アジアでの事業展開は2009年からです。なぜアジアという場所を選んだのかというと、アメリカ企業の動きを見ていると、英語圏の市場には着実に入り込んでいますが、非英語圏の国では苦戦しているためです。 そこを狙っていこうというのが私たちの戦略。アジアは、インドネシアやタイ、ベトナムや中国、そして日本というように非英語圏の国、つまり、私たちが戦いやすい国がたくさんあるのです。 かつ、これらの国は親日である場合が多く、日本製品を信頼してくれている人たちが多いので、ここでやろうと決めました。

最初の拠点はどこに設けられたのでしょうか。

マレーシアです。理由は、インフラがどんどん整えられてきていたことと、東南アジアのなかでは経済発展していたこと、なおかつ英語が通じやすい国だったからです。 現在もASEANの営業のヘッドクォーターはマレーシアに置き、ここから各地の営業を管理しています。 ビジュアルコミュニケーション市場は、今後伸びていくことは間違いありませんが、サービスが何のきっかけで伸びるのかは、誰にもわかりません。 一度大きく市場が動いたのは、リーマンショックでした。あの時に、出張経費削減をする企業が増え、問い合わせが10倍に増えました。また、災害やパンデミックが発生した時に備えて、移動をせずにコミュニケーションを取れる手段を持っておきたいという要望が増えました。 対面のコミュニケーションすべてをWeb会議に変えるのではなく、1、2割変えるだけで業務効率が上がり、コストも下がるので、まずは一度使っていただくことをおすすめしています。 ただ、サービスの性質上、一度導入すると他のサービスへの切り替えコストが高いので、どれだけ早く市場での存在感を出し、サービスレベルを高めていくかがこれからの勝負所だと思います。

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