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わたしが青年海外協力隊になった理由【突撃!隣の彼女の海外ライフ】
現在、青年海外協力隊として2016年6月末より2年間、ラオスのヴィエンチャン市パークグム郡の病院で助産師として活動中です。
普通に日本の病院で働いていた私が、なぜここラオスで生活してるのか...きっかけなども含めお話できればと思います。
発展途上国の医療に興味を持ったきっかけ。
思い起こせば...たしか。高校生の時に、発展途上国で活動していた看護師の方が高校に来てその方の活動に関する講和を聴きました。正直、内容をハッキリ覚えているわけではないのですが、その時に、日本じゃない国には、こんな厳しい状況下で暮らしている人達もいるんだ...同じ人間でも、産まれるところが違うと、こうも違うのか...とただ、漠然とカルチャーショックのような感覚。と、こんな風なお仕事もあるんだなぁと知りました。高校生の時から看護師になりたかったので、将来こんな海外に出る仕事もあるんだなぁという漠然とした憧れも抱いたのも覚えています。
助産師として発展途上国で活動するという選択。
そして...高校生から、だいぶ、月日が経ち...笑
看護師として勤務した後、助産師の免許を取得、病院勤務の助産師として働いていました。病院で仕事は、職場にも恵まれ、とても楽しく刺激的で自分も成長できる環境でした。
ON/OFFはきっちりと。夏休みには、趣味の海外旅行に友達と。そんななか、2015年の旅行は、ただの旅行ではなく、せっかくだから、海外医療ボランティアに行ってみようと!思い立ち、以前、テレビ(たしか...情熱大陸)で見たことのあった、Japan HartというNGO団体の手術ボランティアに参加することに。場所はカンボジア。初めての土地でした。
NGO医療短期ボランティアで感じたこと
わたしが参加した短期ボランティアは、カンボジアの病院での手術を行うというボランティアでした。そこでは、日本とは、比べ物にもならない医療設備や医療物品...患者さんの受けられる医療の質を直に感じ、衝撃もありました。しかし、そこでは、ボランティアや現地スタッフの方々との活動はとても充実しており、また海外医療を見たことで、「日本の看護、助産」とはどういうことなのか、ということなど様々な考えを持つことが出来ました。
そして、高校生の時に感じた、日本とは、こうも違うのか...
という思いが再び。
高校生の時には、なにできなかったけど、今の自分なら、助産師として医療の現場で何か役に立てることがあるのでは...と思い、海外ボランティアに参加したいと思うようになりましたを様々なボランティアがある中で2年間という長期間。そして、専門職で派遣してもらうことの出来る青年海外協力隊を選びました。
青年海外協力隊とは?
青年海外協力隊とは、日本国政府が行う政府開発援助 (ODA) の一環として、外務省所管のJICAが実施する海外ボランティア派遣制度です。青年海外協力隊の募集年齢は20~39歳。ボランティアの分野は120以上ものたくさんの応募職種があります。
詳しくは...
https://www.jica.go.jp/volunteer/s/
そして、ここラオスは1965年、最初に青年海外協力隊が派遣された国であり、50年以上に渡り、ラオスの発展を草の根レベルで支援してます。
そして、ラオスにて。
そんなこんなで、2016年の6月末にラオスに赴任。
ラオスの首都ヴィエンチャンにある郡病院に配属し、活動しています。
今は、妊婦健診、予防接種、お産の立ち会いなどを担当しています。
ラオスでは、日本と比べ、妊産婦さんや産まれた赤ちゃんが亡くなる率もとても多く、東南アジアの中でも最も悪い国です。
赴任して、6ヶ月。
自分に何が出来るかと模索の日々ですが、ラオスのお母さんと赤ちゃんの命が救えるよう、お母さんと赤ちゃん目線でラオスの方々と一緒に活動していけたらと思います。
写真は活動先の病院で赤ちゃんの心肺蘇生のトレーニングを現地スタッフと行う準備中。
と...今回はわたしのお話になってしましたが、住んでみて感じるのはラオスをどんどん好きになるということです。
ラオスの良さ伝えられるよう、また記事にさせていただきたいと思います(*^_^*) 読んでいただき、ありがとうございまた。
経験した日: 2017年12月13日
Ambassadorのプロフィール




















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