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普通のサッカー少年が“フリースタイル”で世界の頂点に

Posted on 2015年11月18日
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世界的視野で自分の可能性を追求しようという人を応援する“スマホで読む”デジタルマガジン『日経GLOBAL GATE』のABROADERS編。今回登場するのは、サッカーのリフティングから発展したフリースタイルフットボールの世界チャンピオン、徳田耕太郎さんだ。世界的プレーヤーの仲間入りを果たした今、24歳の若き“侍”は何を目指しているのだろうか。

世界に名を広めた“侍”

 

2014年、サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会の直前、日本で話題を集めたテレビCMがあった。ブラジルの街中にこつ然と出現した、甲冑姿の“侍”。路上や公園でサッカーを楽しむ地元の人からボールを奪い取り、華麗なリフティングやアクロバティックなパフォーマンスを披露。エキストラたちがその美技に、本当に驚いている様子が印象的だった。CMはYou Tubeでも流れ、おそらく世界中の人々をも驚愕させただろう。再生回数は1000万回を超えた。

この甲冑の“中の人”を演じていたのが、徳田耕太郎さん。日本での知名度はそれほど高くはなかったが、国内外を問わずフリースタイルフットボールを知る人々の間では、“世界のTOKUDA”と言われていた青年だ。まずは、コチラで“世界のTOKUDA”の超絶テクニックをご覧あれ(2014年に日本で開催された世界大会より。動画提供:Red Bull Media House)。

もともとはどこにでもいる、普通のサッカー少年だった。雑誌でフリースタイルフットボールを知り、サッカーと並行して練習を始めたのは中学1年の時。ところが中学3年の時に、技の練習中に頭から落ちて脳挫傷を負った。1カ月の入院で済んだものの、以後、サッカーのような長距離系の運動は禁止。そこで、プレーが許されたリフティングの技に磨きをかける人生が始まった。実は「サッカーはうまくなかった」と笑う。

[caption id="attachment_5217" align="aligncenter" width="500"]01▶徳田耕太郎さん フリースタイルフットボーラー・24歳[/caption]

 

「チームプレーのサッカーとは違って、フリースタイルフットボールは練習したぶんだけ技ができるようになり、上達が目に見えた。そこでハマっちゃったんです」

世界のみんなは“動いて”いた

2009年、17歳の徳田さんはフリースタイルの全日本大会に出場し、史上最年少で優勝。翌年に南アフリカで行われる世界大会への出場権を手にする。そして、50カ国以上の選手が集う世界大会に出場して、初めて海外を知った。

「当時の自分は英語が話せず、日本にも英語を話せる友人はいなかった。だから(英語が母国語の)アメリカ人やイギリス人は別として、ほかの国の人たちの英語レベルも自分と同じぐらいだと思っていたんです。でも実際に行ってみたら、同年代のほとんどの外国選手が英語を話す。これには驚きました」

言葉だけではない。彼らが他国を行き交う“身軽さ”にも驚いた。

「海外の選手に、『いままで何カ国に行った?』と質問すると、平気で30カ国とか40カ国と答える。陸続きの場所が多いということもあるかもしれないけど、言葉の壁がないと、どこでも自由に行けるんだと思いました。自分は、海外に出るにはいろいろハードルがあると思っていたけど、世界のみんなは気軽に動いている。まさにボーダーレスだと感じました」


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実は身近だった海外

2010年に初めて出場して以降、徳田さんは世界大会の常連だ。2012年にイタリアで行われた大会ではアジア人初の優勝。弱冠20歳にして世界チャンピオンに輝いた。

外国選手の輪の中に入れば、文化や宗教、風習の違いなども感じることになる。ある大会では、精神的にタフだと感じるライバルがいた。イスラム教徒だった。

「試合前に、どうやって緊張を解きほぐすのか尋ねたんです。そうしたら、『とにかく練習したことをやるだけ。あとは神にすべてを任せているので、勝っても負けてもそれは神の采配だ』って。彼から、『おまえは頼る存在がないのか』と聞かれ、答えにつまりました。彼らに精神的な強さを与える宗教とは何なのか、そのようなことも考え始めるきっかけになりました」

海外のプレーヤーと接し、それまでの自分が思いもしなかったようなことを知り、興味を覚える。「とても貴重な体験ができている」と、徳田さんは言う。

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▶フリースタイルフットボーラーとしては華奢(きゃしゃ)で、身長も高くない。その代わり技のしなやかさでは誰にも負けない ©Red Bull Media House

 

「世界大会に出る前は、自分は日本でどのように活動していくかを考えていたんです。いまは、あの国でこのプレーヤーとプレーしたら楽しいだろうなとか、この国の文化は自分には合わないから住めないなとか、海外を身近に考えられるようになりましたね」

仲間たちに学ぶ英会話

名実ともに世界的プレーヤーの一員となった現在では、英語での日常会話も問題なくこなせるようになった。

「大会では、少なくとも1週間は他国の選手たちと過ごします。目の前にいるのが英語を話す人ばかりなので、自分も話さないとどうしようもない。やり取りは必死ですが、一生懸命話していると、周りの人たちが教えてくれるんですよ」

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▶2012年の世界大会での優勝によって、ネイマールと共演する機会を得た。徳田さんの技にネイマールが驚愕したともっぱらのウワサ ©Red Bull Media House

 

古くから知っている海外のプレーヤーに、英語の上達をほめられることもしばしば。けれども日本に帰国すれば、英語とは無縁の生活だ。「海外に出るたび、最初は全然話せなくなっているんです。3歩進んで2歩戻る感じ」と笑う。

昔は必要とされなかった

現在は、日本各地はもとより、ヨーロッパや中東、アジア各国でのイベントや大会で忙しい日々を送る。だが、それでもいまの徳田さんに、海外を拠点に活動するという意思はない。日本でのフリースタイルフットボールの認知度を、もっと高めたいからだ。

「田舎の片隅でひっそりとやっていた当時は、自分もフリースタイルフットボールも、誰からも必要とされていなかったんです。それが今は、いろいろなところで“やってください”とお願いされる。だから自分を必要としてくれる余地が日本にあるなら、ひと通りやらせてもらいたいと思っています」

一般的な知名度はまだ低いが、それでも最近は世間の人と話をするなかで、フリースタイルフットボールが確実に浸透してきていると実感する機会も増えたという。

「昔は『君のリフティングすごいね』『あそこでいつもリフティングをしてた子だよね』と言われていたのが、いまでは『フリースタイルフットボールの人ですよね』と言われるようになってきた。その言葉が出てくるということは、人々の頭の中で、リフティングとは別物のスポーツとしての認識が生まれたからだと思うんですよ」

だが、いまの日本ではフリースタイルフットボールで食べていくのは至難の技だ。南米やヨーロッパなどサッカーが盛んな国では、サッカー熱に比例して、フリースタイルフットボールも社会に浸透している。そのため、大会は言うに及ばず、ショーやイベント出演で生計を立てているプレーヤーは多い。日本は、とてもそのような状況にはない。世界大会で結果を出した徳田さんは、スポンサー企業との契約金があってこそ、生活が成り立っている。

 「だからこそ、自分が手本となってフリースタイルフットボールをアピールし、日本でもっと盛り上げていかねばという自負があるんです」

(取材・文/笹沢隆徳、写真/戸井田夏子)

 

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