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マイクロファイナンスは悪徳高利貸し? NHK『マネーワールド』放送を受けて
2018年10月14日、NHKスペシャル『マネー・ワールド~資本主義の未来~ 第3集 借金に潰される!?』(リンク)にて、「外資系金融機関がミャンマーの貧しい人々を借金漬けにしている」という内容が放送されました。
実はディレクターの方から複数回の電話取材を受け、さらにミャンマーの弊社オフィスにも来ていただいてお話しました。その誠実な取材姿勢に敬意を表します。
ただ、限られた放送時間の中では仕方のないことですが、番組のストーリーに沿って偏った情報が強調され、また誤った印象誘導と感じられる部分もありました。
ミャンマーのマイクロファイナンス(低所得者向け小口金融)の現場に関わる者の責任として、補足する情報をお伝えしたいと思います。
◆筆者について
私はミャンマー・ヤンゴンに本社を構えるリンクルージョン株式会社の代表を務めています。当社はマイクロファイナンスが拡大するミャンマーで、現地金融機関にITシステムとコンサルティングを提供しています。金融機関との協働により貧困削減に寄与する金融サービスの拡大と、デジタル化された顧客情報と顧客ネットワークを活用して低所得者層の課題解決につながる新規ビジネスの創出に取り組んでいます。
1.放送の概要
以下、NHK HPの番組紹介からの抜粋です。
“各国で発行され、金融機関を通じて個人・企業・国家に貸し出された通貨は空前の規模に達し、IMF(国際通貨基金)によれば世界の借金の総額は164兆ドルに上る。日本円にすると約1京8500兆円だ。資本主義の歴史上、大きな危機が迫っているとIMFは警告を発した。
そもそも資本主義において借金は、事業を開始したり拡大したりするために欠かせない、いわば「成長のエネルギー」とされてきた。ところが現在は、経済成長よりも借金が膨らむスピードが早過ぎて、むしろ経済活動の「足かせ」となっている状況だと指摘されている。借り手を求める金融機関のマネーがアジア各地に流れ込み、高い金利に苦しむ人びとが現れる事態も生まれている。“ (NHKスペシャル | マネー・ワールド ~資本主義の未来~第3集 借金に潰される!?)
50分の番組のうち5分ほどが以下のような、ミャンマーの事例紹介に割かれていました。
・NGOが貧困対策のために始めたマイクロファイナンスに外資系金融機関が参入。日本を含め、10ヶ国41企業・団体が融資事業を行っている
・農村に暮らすス・ミャモンさんは5km先の街に取ったネズミ(一匹70円)を売りに行くために、年収に相当する2万円の借金をしてバイクを購入。しかし返済に必要な稼ぎは得られず、返済のために借金を重ね外資系金融機3社から借金をすることに
・金利は年30%。「低金利と言われたが意味は分かりません」とス・ミャモンさん
2.ミャンマーのマイクロファイナンスの概要
Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing/M-CRIL2018
そもそもミャンマーでのマイクロファイナンスは、2011年に民主化を果たしたミャンマー政府が貧困対策の一環としてマイクロファイナンス法を整備したところから始まりました。そのマイクロファイナンス法では上限金利30%(年)と定められています。
成人人口の約25%(約900万人)が自営業というミャンマー経済。それまで年利100~400%近い非合法の高利貸ししか利用できなかった零細事業者は多く、彼らを中心として急速に拡大してきました。口座数は現在350万を超えており、利用者の9割は女性です。
マイクロファイナンス事業は認可制で、毎月の会計報告が義務付けられ、政府による定期的な立ち入り検査も行われています。2018年10月現在、認可マイクロファイナンス機関は175機関(NGO26、民間企業149)あり、そのうち外資系は約3割の49機関。……しかし融資残高で見ると外資系のシェアは8割を超えます。
融資金額は2~5万円程度が中心で、毎週・隔週・毎月返済の1年返済が主流。ほとんどのローンは年利30%となっています。
※番組内では「タイでは日系消費者金融が進出してカードローンのシェア4割」と紹介された流れからミャンマーの話に移ったので混同されそうですが、あくまでミャンマーのマイクロファイナンスは事業融資が中心
3.年利30%は高金利か?
Microcredit Interest Rates and Their Determinants/CGAP2012
世界のマイクロファイナンスの貸出金利は平均27%(中間値)であり、30%は決して高金利とは言えません。しかし放送では「高金利」が強調されており、誤った情報と言わざるを得ません。
30%が高金利ではないと聞いてもピンとこない方がほとんどだと思いますが、金利0%に近い日本の感覚でミャンマーを見るのは適切ではありません。経済成長率、インフレ率が一桁後半のミャンマーでは銀行の普通預金の金利が8%、担保のある大企業への銀行融資でも十数%なのです。
さらにマイクロファイナンスは返済が高頻度で行われるため、元本が一定のペースで減っていきます。また融資期間も最大1年と短いため金額ベースでみる見れば借入の10~20%が実質的な利子となります。
こうした事情から考えるに、これまで10日で利子を10%も取るような高利貸しから借りるしかなかった人々にとって、年利30%(月利にすると2.5%)はフェアな金利とも言えます。
4.多重債務、過剰債務の実情
Findings Myanmar Survey Multiple Borrowing/M-CRIL2018
ミャンマーで多重債務が増えているのは事実です。
マイクロファイナンス機関の競合が激しい5地域で行われた直近の調査では、31%の利用者が3つ以上のローンを並行して借りており、中には7~8本のローンを借りている利用者もいたと報告されています。また同調査では利用者の16%が「予定日に返済できなかった経験がある」と回答しています。
とは言え、上記は競争が激化した都市部で行われた調査であり、農村部では上記よりマシな状況があり、一方で全くマイクロファイナンスが進出しておらず高利貸しに頼らざるを得ない地域もあります。
現場で数百人の利用者に直接インタビューしてきた私の感覚ですが、放送で取り上げられていたス・ミャモンさんのような極端なケースは全体の1~3%程度ではないかと思います(返済能力ギリギリの借り過ぎまで含めると10~20%はあるように思います)。
放送では高利貸しによる借金地獄がすべてのように構成されていますが、大部分のローンは事業活動に使われ、家計を支えるお母さんの零細ビジネスを支えているのです。
ちなみに、市場全体での30日以上延滞率は1%。これは他国のマイクロファイナンス市場と比べても低い水準にあります。返済率99%だなんて信じがたいかもしれませんが、これには返済予定日に間に合わなくても1ヶ月以内に返済、また「5人組」の他のメンバーが立て替えるケースなども含まれています。
5.多重債務が起きてしまう背景
多重債務、過剰融資は以下のような要因によって拡がっています。
・融資審査がほとんど行われていないため安易に借りられる(与信審査をしようにもIT化が進んでいないため限界がある)
・現場が短期の成果主義(融資獲得)に陥りがち。これは貧困削減をミッションに掲げるNGOでも例外ではない
・経営層が短期成果を求め急速な規模拡大を志向する
・利用者の金融知識が不足しており、自己の返済能力を見極めることが困難
・資金需要に対してローン金額が小さいため複数機関から借りざるを得ない
・政府当局の能力不足により、適切な需給調整や規制によるコントロールに失敗している
6.外資系金融の功罪
適切な行政コントロールが不十分な環境下で野放図に市場が拡大していくことは、私たちが最も懸念してきたことであり、その弊害は見過ごせないレベルに達していると考えています。
しかし全てを外資系金融の責任にすることはできません。過剰な融資は外資、内資問わず(もっと言えば民間企業・NGO問わずに)起きている問題です。外資の中でも適切な融資をしているマイクロファイナンス機関も存在します。
資本市場が未熟なミャンマーにおいて、闇金融に代わって合法的な金融が短期間で普及したのは間違いなく海外マネーの功績です。ミャンマー国内での資金調達が限定的な現状では、外資系マイクロファイナンス機関に長期的な経営視点で市場形成に努めてもらうのが現実的な次善策だと考えています。
一方で、長期的には市場シェアの8割が外資に占められている金融市場が健全とは言えません。時間はかかりますが、経験を積んだ国内勢が力をつけて、ミャンマー資本によるミャンマー人のための金融市場が形成されるべきだと私たちは考えています。
7.健全な市場形成に向けて
今ミャンマーのマイクロファイナンス市場は重要な岐路に立っています。健全な金融市場を実現するために私たちが必要だと考えていることが3つあります。私たちの具体的な取り組みと併せてご紹介します。
8.私たちが行う取り組み3つ
1)IT活用による融資適正化
マイクロファイナンス機関が顧客や融資の情報を管理できるよう独自開発したITシステムを提供し、同時にデータ活用のためのコンサルティングを提供しています。
2)金融教育
正しい知識をつけて借り過ぎを防いでもらうために、マイクロファイナンス機関と共同で無料情報誌を製作発行し、マイクロファイナンス機関利用者に金融教育を届けています
3)零細ビジネス支援
マイクロファイナンス機関と提携して、融資を生計向上に繋げられるように非金融サービスで零細事業者を支援しています
ミャンマーには、働くことに喜びを感じる人が多いように日々感じています。その働き者気質を後押しして顧客中心の健全な金融市場に成長すれば、マイクロファイナンスは国全体の経済の底上げにつながるはずです。
日本の皆さんにミャンマーの現状を理解してもらえたらと思いご紹介しました。
※本記事の内容はいかなる提携機関/関係者の見解を代表するものではありません
■NHKスペシャル 『マネー・ワールド~資本主義の未来~第3集▽借金に潰される!?』(リンク)
経験した日: 2018年10月22日
by Nnn