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失敗ばかりの僕でもきっと世界を変えられる ーミャンマー学生起業2年間の軌跡ー

Posted on 2019年03月01日
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ミャンマーで立ち上げたキャリア・進学メディアLive the Dreamの代表を退き、ミャンマーを離れました。約2年間のミャンマーでの挑戦を振り返っていきたいと思います。

そもそも何故ミャンマーへ

遡ること中高時代。周りは裕福な家庭の子息が多い中、両親が離婚した私はボロボロのグローブで6年間我慢。激しい劣等感の下、野球に熱中するも思うような活躍はできず終いに終わってしまいました。


その悔しさを胸に東大受験に二度挑むもまたも失敗。大学入学後は度重なる挫折で失意のどん底にいたものの、短期留学先のフィリピンで、裕福とは言えない中でも毎日満面の笑みで楽しそうに暮らしている子ども達と対照的に大学名を気にしてうじうじしている自分のちっぽけさに気付かされました。


その経験がきっかけで国際協力に興味を持ち、その後は世界18カ国を渡り歩いたりマイクロファイナンスについての研究に専心、帰国後にふとしたきっかけで受けたNPO法人e-Educationのインターンでミャンマー赴任になり、ミャンマーへと渡りました。しかし、今考えるとミャンマーに渡ったのは国際協力に関心があった、というより今まで失敗ばかりだった自分の何かを、変えたかったのかもしれません。(全てが繋がっているので全てを描きたいものの、限りがあるのでこちらご参照頂ければと思います)

Live the Dream発足

NPO法人e-Educationとは「世界の果てまで最高の授業を届けよう」という理念の下、東南アジアを中心とした途上国の地方に映像授業を普及させていくことなどを通して教育格差の是正に取り組んでいる団体です。私の業務はそのe-Educationのミャンマープロジェクトリーダーとして、ミャンマー地方のチン州という所の公立学校に映像教育を広め、高校卒業試験の合格率(チン州は10%ほど)を向上させようというものでした。(こちらも参照→ミャンマーでの苦悩〜大事なのは理論じゃなく仲間だった!?〜)

しかし、そのプロジェクトを率いて学校を訪問して回っている際、意外にもそこにはやる気がなく見える学生が沢山いました。学生の生活を観察していると勉強時間も圧倒的に足りていないし、机の上に座っていても集中していない学生もたくさんいました。

 

「いくら学習環境を整えても、やる気がなければ試験に受からないのも当然だ」


そう感じました。映像授業で本当に支援できているのは、全体の中の少数のやる気のある学生で、残りの多くのやる気のない学生にはアプローチできていませんでした。


『やる気のない学生』だって応援したい!


そんな思いが自分の中で沸々と湧いてきました。そんな想いが自分の中で沸々と湧いてくるのには理由がありました。厳しい環境下で未来に対して希望を見出せずダラダラと過ごす毎日。そんな彼らの様子は以前の私に似て重なりました。少年時代に、今まで一緒に暮らしていたはずの父親が突如消え、家族同士が法廷で戦い続けることになってしまった複雑な家庭環境。そんな中で未来に希望など持てず下を向いてばかりいたのをうっすらと覚えています。


失った大人への信頼、未来への希望。一時期学校にも行きたくない、部活にも行きたくない、誰とも、スーパーのおばちゃんとも会話したくない、そんな日々がありました。


そんな状態からなぜ私が今度はミャンマーで他人の夢を応援する立場にまで成長することができたのか。それは、周りで僕を支えてくれた家族や友達、没頭できる野球、そして何より、私と似た境遇で育った本田選手や長友選手のドキュメンタリービデオでした。

「自分と同じような環境で育った本田や長友でもこんなかっこよく生きているんだ。じゃあ、俺にもできるんじゃないか!?」


同じ境遇にいた先輩が「君にもできる!」と励ましてくれていたのです。次の日には、そんな彼らを夢見て頑張ることができました。ミャンマーでもその構造は変わりません。しかしミャンマーではロールモデルの素晴らしいストーリーは若者の元へと十分に行き届いていませんでした。


「さあ、次は自分がそんな人々のストーリーを沢山届けてミャンマーの若者を励ます番だ!!」


そうして、”Live the Dream”は始まりました。


仲間・お金を集めいざ起業!

さあ、はじめよう。そう思い立ってもミャンマー語を話せない私がミャンマー語のメディアを始めるのには限界がありました。そこでまず始めたのは仲間集め。職が足りていないミャンマーでは人を探すこと自体は容易でしたが、スタートアップらしく何かを自分で考えて創り出していける人材は限られていました。正社員・インターンを含め一気に4人採用。しかし、足りていないのは私の能力でした。仕事にやりがいを感じてはくれずほとんどのスタッフが辞めていきました。


「まあ、日本から突然やって来た大学生に誰も追いてくるわけないか。」


それは違いました。大学生だとか、彼らには全く関係のないことです。自分で自分に大学生だからしょうがない、と言い訳をしていた気がします。毎日の生活がかかっている彼らには本当に無責任なことをしてしまったと思っています。


さて、スタッフが辞めていったからといって私も辞めるわけにはいきません。高校野球・受験と何度も失敗し続けて来ました。私がミャンマーに来た本当の理由はそんな自分を少しでも変えて自信を持った姿で未来に歩み出すため。ここで逃げたらまた同じことの繰り返しです。そんなダサいことはできませんでした。


去っていってしまったスタッフにもう一度やり直してもらうよう、頭を下げました。気持ちを込めて伝えれば伝わるものです。戻って来てくれました。徐々に他の仲間も集まっていきました。(こちらも参照→やっぱり一番大事なのは『仲間』だった!!!〜ミャンマーでの1年間を終えて〜)


しかし、初めて間も無くお金がショートします。それもそのはず、私は所持金10万円でミャンマーに渡ったのですから。


手元に資金があるわけでもないので、クラウドファンディングで資金を調達することを決意。最初は130万円という今まで触れたことのないような目標金額にどうなることやらと思いましたが、神戸での街頭募金などの成果もあってか、何とか目標金額を大幅に上回る166万円を調達することができました。寄付して下さった方々には本当に感謝で頭が下がりません。

事業の前進と収益化への道のり

ロールモデルのストーリーを届けるメディアをやると決まったはいいものの起業経験もなければ社会人経験もロクにない半袖短パンの日本人大学生に誰も取り合ってくれません。あるものといえば情熱と若さ。全てがゼロからのスタートでした。まずは格好からと日本から急遽スーツを取り寄せ、気温40度の中、一週間連続でターゲットの企業の前に立ち続けました。そして一週間待った後ようやくプレゼンの機会を頂くことができました。


結果は成功。噛みタバコ売りから金のNo.1卸売会社のCEOまで這い上がった苦労人、U Aung San Winさんのインタビューの機会を頂きました。


よし、インタビューは取れた。次は編集。お金もないのでビデオエディターを雇うこともできず独学で勉強して編集しました。Facebook上でアップしましたが全くヒットせず。何がダメなんだろう。インタビュアーは超有名人だし、やはりビデオ編集技術か…??


悩んでいてもしょうがないので、e-Educationの代表・三輪さんに相談してみました。


「で、佐々、現場行ってみたの?」


完全に見落としていました。よく、『答えは現場にある』と言われますが完全にこのことでした。次の週末には知り合いの紹介でシャン州の公立学校でビデオを上映する機会を頂き、バスで15時間かけビデオを届けに行きました。インタビュー用紙を用意し、15個ほどの質問を用意しました。ミャンマー人の控えめな性格を考慮し自由記述型は控え選択解答型に。ビデオの感想やどんな人のビデオが見たいかなど様々なフィードバックを得ました。


あまり反応は良くないのかなと思いきや、その中でも印象に残っていたのが、我々のビデオを見て泣いてくれた子がいたこと。どうやら自分と重なる境遇だったようで、感情が露わになったようです。正直この時はお金もショート気味でほとんど諦め掛けていたので本当に勇気付けられましたし、私も涙が堪えきれませんでした。明日からまた頑張る力が湧いて来ました。そうして本当に届けたい若者の声を聞きながらビデオをブラッシュアップさせ、徐々にビデオは人気を集めていきました。(こちら→才能に恵まれながらも地方の貧困家庭で育ちプロへも道を諦めかけるも工事現場で稼ぎながら諦めずミャンマー代表エースにまで登りつめたThan Paing選手のストーリー)


そして、このLive the Dreamプロジェクトはe-Educationでの業務中の気づきから始まり社会的要請の強いものなので、NPOとしてやる選択肢もありました。しかし、ビジネスとして進めていくことは私の強い想いがあってこそでした。世界一寄付意識の強いミャンマーでは想定以上にNPO・NGO・学生団体は多く存在します。しかし、長く人々に本当に必要とされるような団体はあまり多く存在していない印象です。折角強い想いを持って始めた事業でも続かなければそれは自己満足で終わってしまいます。そうではなく、永遠に続く持続的な組織を、多くの人に必要とされる事業を作るためにも、ビジネスである必要がありました。


しかし、ビジネスの『ビ』の字も知らない当時の私。どうやってメディアはお金を稼いでいるのか、というところから勉強はスタートしました。調べるところによるとどうやら購買力が低く、クレジットカード普及率が1%にも満たないミャンマーでは庶民からお金をもらうのは難しく、だからと言ってB(企業)から広告費としてお金を頂くにも大分時間がかかりメディアビジネスは資本力勝負…。メディアを立ち上げてからそんなことに気づきました。クラウドファンディングのお金もどんどん減っていくばかり…。悩んでいても仕方がありません。三輪さんからの気づきを元に、まずは知り合いの日本人の駐在員さんのところに意見を伺いに行きました。すると、面白い回答が得られました。


「企業の中の社長や従業員さんがロールモデルとして出演して、ビデオを作成できればその企業の宣伝にもなるしお金は貰えるかもね。」


なるほど。その手があるとは思いつきませんでした。その後は企業さんとタイアップ動画を作成。TOYOTAさんや学研さん、大塚製薬さんなどとビデオを作って来ました。(こちら→学研さんとのタイアップビデオ)それ以外にも現在ではビデオ制作技術を生かし、CM制作や日本からの動画オフショア開発などでキャッシュを立てつつその資本をメディア開発に回しています。

一番大切なことを忘れていた

メディアのユーザー数もうなぎ上りでキャッシュも順調に入ってきている。会社は一つ山を越え上手くいっているように見えました。しかし、そこには大きな落とし穴がありました。4人いたスタッフが一斉に3人、1週間後に辞めると言い出したのです。3人が一斉に辞めてしまっては確実に会社は潰れます。それぞれ理由を聞くと「夢を追っかけたい」など理解できるものではあるものの3人のタイミングがあまりにも合い過ぎていました。もう一人のスタッフによくよく尋ねたところ、その3人は佐々は最近変わってしまったと言っているとのこと。


「そんなことはないはずだ。自分は正しい。ミャンマー人はすぐ辞めるから今回もちょっとプレッシャーかけられたからすぐ辞めたいって言ってるだけだ。」


一夜考えて見ました。やっぱり自分が間違っていました。あまりにもスピード・効率性を追い求め過ぎて一番大切にしなくてはならない従業員のことを全く考えられていませんでした。日本人の目線から日本品質に近づけるために細かいところまでこだわり抜いていましたが、それはミャンマーで本当に必要とされているものかと聞かれればそうではありませんでした。現場の目線、従業員への配慮に欠けた経営者のミスでした。


次の日、3人に詫びました。


「自分が悪かった。全部自分の責任だ。許してくれ。頼むからせめて辞めるのを1ヶ月先延ばしにしてくれないか?」


「わかった。何とかしてみるよ。残りの期間頑張ろう。」


本当に気持ちを込めて謝れば許して貰えるものです。焦って本当に大事なものを見失っていた自分を悔いました。会社というのは従業員がいなくては成り立たないというのを本当に身を以てその時体感しました。


「従業員がずっと働きたい、働くのが楽しいと思ってくれるような企業を創ろう!」


従業員は平均3人の家族がいるから、1万人の企業を作れば3万人の人の生活を守ることができる。彼らが働くことに意味を見出し、その彼らが会社を辞めていってからも周りを変えていけばもっと多くの人を救うことができる。それが一番の国際協力なんじゃないのでしょうか。その日を境に社内用のスローガンであるモットーを掲げました。



1. Create opportunities by yourself


2. Pursue your conscience


3. Unite as family



(詳しくは以下参照→Live the Dreamのモットーを改めて紹介します!)


この3つを基に皆が楽しく、効率よく、社会に価値を生み出せるような会社を創ってきました。特にこだわっているのは3つ目のUnite as Family。ミャンマーはとても家族を大切にする国。その家族と同じように一緒に働く仲間を思いやり、助け合ってみんなで最高の喜びを分かち合おうというもの。


残念ながらミャンマー人にミャンマーのダメなところはどこか聞くと「協力できないところ」という答えがよく聞こえてきます。企業の中では、一人だけ汗だらだら垂らしながら働いている隣でペチャクチャ話している従業員たち、という光景をよく見かけます。今までお世話になった会社に何も言わず辞めていき縁を切る、という話もよく聞きますしインターン生でもそういう悲しい人はいました。私はそうではないと思います。共に時間・場所・思いを共にした仲間は家族同然です。誰かが困っていたら助ける、間違っていることをしたら注意して本気でぶつかる、誰かがいなくなってしまうならみんなで見送ってあげて全力で悲しむ。それが家族です。そうして働いていたら皆で良いビデオ・メディアを創ることができると思うし、社会ももっと良くなって行くと思うのです。


日本の今時のベンチャー企業のようにカッコよく、仕事とプライベートは分けて効率的に働くなんて我々にはまだ無理です。ミャンマーのどスタートアップ企業らしく、泥臭く、家族のようにお互いの能力を補い合って頑張っていくしかないのです。また、私が学生社長というのもあり偉そうぶっても仕方がありません。皆フラットにあだ名で呼び合い、誕生日には必ずケーキで祝い、飲み会も頻繁に開催するなどの社内文化を大切にしてきました。その甲斐もあり社員同士は非常に仲が良く、仲間に会うために会社に来るのが楽しみだと言ってくれる社員もいました。


しかし、仲が良いだけではダメです。仲良しごっこをするために会社をやっているわけではありません。成し遂げたい世界があるからこそ会社をやっているのです。その意味で我々を本当の『仲間』と言えるのにはまだ時期尚早でした。

見え始めた成果

「従業員が生き生きと働ける環境を創る。」


そんな想いを持ち始めてから、勿論何度も奥歯を噛みしめるようなことも起きましたが、徐々にそのビジョンは3つのモットーと共に浸透してきたなと思う出来事が2つありました。


1つ目は映画監督になる夢に向かって辞めていく社員が最後に口にした言葉。


「ササ、ここで出来た仲間は一生物だよ。表面上だけじゃなくて心の底からぶつかり合うからこその仲間なんだな。」


いつも面倒臭いことからは逃げてばかりいて私と言い合いが耐えなかった彼。しかし、大事なことはちゃんと伝わっていました。そんな彼はFacebookの投稿でも私の口癖『Nakama』という言葉を交えて、そして更には日本語も交えて感謝の気持ちを述べてくれていました。我々は本当の『Nakama』へと近づいている。やってきて良かった。涙が溢れそうになりました。


2つ目はちょっとした社員同士の口喧嘩後に起きた出来事。私が不在の時にローカルのマネージャーとビデオエディターが口喧嘩をしてしまい、二人がそれ以来疎遠になっていると他の社員から聞き仲介に入ろうと事情聴取を試みました。すると、そのローカルマネージャーからは驚きの言葉が。


「あ、ササ。もうその必要はないよ。もう関係は修復しているし、今回の争いは元々僕たちの間で心理的距離があって起きてしまったことだからその心理的距離を縮めるためにも休日に僕と他の社員で彼の自宅に行って色々語り合ったんだ。だからもう僕たちは大丈夫だよ。」


すでに私が掲げた3つのモットーは社内に浸透していました。家族のような絆の強いチームを創るために、何が本当に正義なのかを熟慮し、自ら機会を創り出して彼らは彼の家へと訪問したのです。私が干渉する必要なんて微塵もありませんでした。幸いなことに非常に優秀、かつ新卒の若いメンバーばかりのLive the Dream。しかし、これはミャンマー全体に共通して言えることですが、すぐに諦めてしまったり、協力することが難しかったりと精神的なところで難を抱えていました。


しかし今は違います。今や、3つのモットーの下、彼らは本当の『仲間』となり能力的にも精神的にもミャンマーという国を背負って立てる、いや、立たなければならないロールモデルだと思います。そんなロールモデルを何人も我々Live the Dream自身で生み出せたことが一番の誇りですし、そんな彼らと将来また違う立場で一緒に仕事ができるのが楽しみで仕方がありません。

そんなLive the Dreamチームが成し遂げたこと

Facebookページのいいね数は34万(2019年3月時点)に到達。webサイトでもロールモデルの物語だけではなくキャリアに関する全般的な情報(それぞれのキャリアの概要とそのキャリアに就くために必要な学問の情報、学校の情報など)にまで幅を広げ情報を収集・整理、若者へと届けています。今までに俳優・起業家・ITエンジニア・歌手など40人近くのロールモデルのインタビュー動画、300本近くのキャリア関連記事を制作し、頻繁に5000シェア程度の人気コンテンツを配信中。キャリア・進学メディア以外にも動画プロダクションチームとして、トヨタやマイナビ、学研など日系上場企業の動画制作も請負っています。


データだけではなく、実感ベースでも、『何かを生み出せた感』はあります。先日レストランで自社のFacebookページの投稿を眺めていたらレストランスタッフが


「これ、良いよね。いっつも見てるよ私。」


と言ってくれていました。私が立ち上げたメディアだとは明かさずにそっと嬉しさを噛みしめました。笑


また、先日は


『Live the Dreamのメディアを見て励まされたんだ。だから受験も乗り越えてこれた。今度は僕がコンテンツを生み出す側に周りたい。』


とインターンに応募してきてくれた子もいました。都市部だけに限りません。友人から地方部でも多くの人がLive the Dreamのコンテンツに親しんでくれていると聞きます。今日だけは堂々と声を大にして言わせてください。


『失敗ばかりで未来に希望なんて見出せなかった大学生だって世界を変えられる。一人でもいいから一生懸命向き合えば、その人がまた周りを変えていき、結果的に顔も知らない世界の裏側の何処かの誰かの生活を変えることができる。』

もっと大きな未来へのステップ

そして、私はこの度ミャンマーを離れ次へのステップへと踏み出します。次の舞台は株式会社リクルート。ここに述べたように、自分でもこの2年間で思っていたよりも大きなことを成し遂げられた自負はありますし、それが私が今まで持っていなかった成功体験となり大きな自信へと繋がっています。しかし、自分の未熟さ故にできないことも多かったと思います。また、その反省と共にもっと多くの人を巻き込んで皆が生き生きと働けるような大きな会社を創り、そしてミャンマーだけではなく世界中の人々にもっと大きなインパクトを与えられるような事業を生み出したいという欲が自分の中で湧き上がってきています。そのためには自分の武器である積極性と他者を巻き込む力を更に伸ばし『営業力』という特化型スキルへと変え、多くの修羅場を経験することで人間としての器も大きくすることが必要だと考えました。リクルートという会社は優秀な仲間と切磋琢磨し合いながら厳しい競争環境の中そのようなものを高速で吸収できる環境だと会社だと感じていますし、4月から働き始めるのが本当に楽しみで仕方がありません。(詳しくは以下を参照下さい→皆様への大切なご報告)


勿論入社するからにはトップを取る覚悟で臨みますが、将来的にはまたパワーアップした姿でミャンマーを含む新興国へと戻り、より大きな事業・インパクトを生んで行くことを目標にまずは3-5年を目処に頑張って参りたいと思います。非常に難しい決断でしたが、この道が正解かどうかを考えるのではなく、この道を正解にするのだ、という気持ちを持って頑張って行きたいと思います。


また、Live the Dreamに関しましてはTrust Venture Partners Co., Ltd.(以下、TVP)という日系の会社から資金を調達し、子会社となり事業を引き継ぐことになりました。今後も私は一人のDirectorとしてある程度のシェアを持ち関わり続けますが、経営権自体は引き継ぐことになります。(詳しくは以下を参照下さい→Live the Dream TVPグループから資金調達・子会社化につきまして)


TVPというミャンマーで日本人が立ち上げている会社の中では最大規模で、実績もある会社さんの一員となり一緒に仕事ができることを光栄に思いますし、グループ会社としてより多くのシナジーを生むような事業を経営していければと思います。投資も頂き、今までよりは整ったリソースの下で更に花開いていくLive the Dreamを楽しみにしつつ、またいつの日かこのミャンマーの仲間と夢を見れる日を楽しみに私もパワーアップしていきたいと思います。


ありがとう、ミャンマー!!!

経験した日: 2019年03月01日

Ambassadorのプロフィール


佐々翔太郎

Live the Dream Myanmar Co., Ltd. 創設者。中央大学法学部5年。(株)リクルート2019年新卒入社予定。 中高時代は野球に熱中するも思うような活躍はできず終いに。その悔しさを胸に東大受験に二度挑むもまたも失敗。大学入学後は失意のどん底にいたものの短期留学先のフィリピンで『自分のちっぽけさ』と『本当のかっこよさ』に気付かされる。その後は世界20カ国を渡り歩いたりマイクロファイナンスについての研究に専心。 大学4年次にはNPO法人”e-Education”の現地責任者としてミャンマーに映像教育を広める傍ら、ミャンマー初の若者向けキャリアメディアLive the Dreamを現地の若者と共に起業。現在は38万人を超えるユーザーを抱えるメディアにまで成長。 バックパッカー/トビタテ留学Japan/芝高校/中央大学/セブ留学/

佐々翔太郎さんが書いたノート


ミャンマー に関するノート