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密かなマンゴー名産地、バングラデシュ・ラッシャヒへ বাংলাদেশে আম উৎপাদনের জন্য বিখ্যাত একটি এলাকা রাজশাহী【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2017年07月28日
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「マンゴー」と言えば、日本ではとても高級なフルーツですが、バングラデシュでは6〜8月頃にいちばん市場へ出回り、家庭で食べられているフルーツです。


今まさに、毎日マンゴーが食べ放題中!!1kg(私の手に持ってる大サイズで2個くらい)がなんと150円程!!


日本のみなさんにとっては、「ドライマンゴー」を通じて、マンゴーは主にタイやフィリピン、アフリカ産というイメージが強くあるかもしれません。 


残念ながら、バングラデシュのマンゴーが本当に美味しい!という事実は、バングラで暮らしている(暮らしたことがある)人、バングラへこの季節に旅等で訪れたことがある人にしか知られていない『秘密』のようになっています。と言っても、決して秘密にされているわけではなく、バングラデシュの情報もマンゴー自体も、外へ伝わる機会をあまり持っていないだけなのです。


バングラデシュが「どこだっけ?」と言われる国だったり、何かニュースで報じられても、悲しいことや悪いことが目立ってしまいがちな時、こんなとこもあるのにー!といつも紹介したく思う素敵なことの1つに、このマンゴーの美味しさがありました。なので今回は、私の活動地やプロジェクトとは離れますが、バングラデシュのラッシャヒというマンゴー名産地と、そこでマンゴーのプロジェクトに取り組む人たちのことを少し紹介したいと思います。


バングラデシュのラッシャヒ・マンゴーがみなさんの手に届くのももうすぐ!?かもしれません!! 

ラッシャヒ・マンゴー

バングラデシュの北西部・ラッシャヒという地域は、この国のマンゴーの名産地です。首都ダッカからはバスで通常7〜8時間程。(今回私は、往路8時間、復路になんと20時間かかりましたが…)


バングラデシュ全土でマンゴーは実りますが、ここラッシャヒで85%もが生産されているそう。理由を聞くと、マンゴーの木が多い、気候や土が合っていた、洪水が起きにくい、歴代のラッシャヒ地方を治めた王様がマンゴー栽培に熱心だった…と他にも色々な経緯がある模様。 


マンゴーは写真のように “タワワ” と成っています。私がこれを目にした時の印象は、自分のおじいちゃんち(青森)のリンゴみたいに大振りの実が “ボロンボロン” と成るんだなあ…という感想。 


見た目では一瞬そう思いましたが、やはりリンゴの方が繊細かな…一年中、木の状態や1こ1この実から目を離せないでいたおじいちゃんや、それでもダメになるリンゴの難しさを知っているから、これだけ放置されても勝手に美味しい実をつけるマンゴーの木は図太く(強いとか逞しいというよりかは)、そんな性質や恩恵を生かして、バングラから飛び出るくらいの魅力としないとバングラデシュの人もマンゴーももったいない!という気がします。 


バングラデシュのマンゴー生産は現在約120万トンと、これからも盛んになっていくそうです。現地の人が食べられないとか、過酷な児童労働問題が生まれるとか、そういう風になりそうではないようなので、今のところ生のマンゴー輸出は課題が多く漕ぎ着けていないそうだけれど、繊維質がきめ細かく濃厚な甘さと香りが特徴のラッシャヒ・マンゴーが、バングラ国外でも知られ、食べられるようになっていったらいいなと、私も近い未来の楽しみにしています。

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マンゴーの木の下では、これもまたバングラデシュで有名な「ジュート」の製造過程や、綱作りの風景が見られました。綱は牛を連れ歩いたり、トラックに大量の荷物を結び付けるためなど普段使い用に加え、今年は9月上旬にやってくるコルバニ・イード(犠牲祭)用に需要が増えるから、今が製造の過渡期ということでした。動画は、その綱作りの一行程。リズミカルでおもしろいな〜と見つめていました。



 


 

現地のお母さんたちも嬉しい、ドライマンゴー工場のお仕事

バングラデシュの美味しいマンゴーを世界にも届けたい!と、ドライマンゴーの製造プロジェクトにラッシャヒで取り組む日本の会社があります。バングラ現地で思考錯誤すること3年…この国のマンゴーの性質、環境、また人たちの暮らしや性格も他の国と同じわけではないから、色々なことに紆余曲折しながら活動は今年4年目…そしてついに、日本で売るところまで漕ぎ着くことができそうとのことです。


実は私は、3年前この国に暮らし始めた時に、ラッシャヒのこの工場敷地に遊びに来たことがあるのですが、その時はまだ ‘話’ や ‘試作品’ そして日本の駐在員(辻謙司さん)とベンガル人の農大教授、数人の仲間がいる…という感じだったのが、今や工場施設ができ、働く現地のお母さんたちがいて、着実に夢が現実になっていってるんだと感じました。沢山の失敗の上で完成した各工程や機械等は企業秘密ということなので工場の風景はこれだけですが、作業の休憩時間にお母さんたちと話していて、みんなこのドライマンゴー工場ができるまでは、お掃除の仕事をしていたり、村には女性のための仕事なんてほとんど無かったのが、ドライマンゴー工場で働く機会を得られて、子どもたちをカレッジ(小学校の次)に通わせるために家族でお金が必要な時に、その足しにできるからこの仕事はとてもありがたいんだ…と話していました。なので私も、この雇用機会が続いていくものであればいいなと切に願っています。

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‘ドライにする’ という感覚は、ここで生のいちばん美味しいマンゴーを食べられていたら到底浮かばない発想だし、生活にあまりにもありふれているものだと、その価値も分からないことがあります。それは私たち日本人も一緒で、日本を大好きと言ってくれる外国人が時々美しさに気付かせてくれたり、新鮮な風を吹かせてくれたり、頼もしい存在になってくれる時があります。このドライマンゴー作りもそうで、ここの人たちの感性だけじゃ生まれ、育たなかった活動です。


外からの影響で、どんどん変わっていくバングラデシュの景色や人たちに、時々「待って…」と思うような、成長とかではない悲しい変化を遂げているものも目にすることがあるけれど、私もそれら全部に口出しや感情を乱されることはしていられないので、こうした発信で共感してくれる人や、それぞれの場所で思いやりを持って参加・新しく頑張ってくれる人が増えたらいいなと思います。


 

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なかなかバングラデシュまでは来られない方も、ドライマンゴーで少しでもラッシャヒの美味しいマンゴーに触れてみてほしいし、もしも可能ならマンゴーの季節に是非バングラデシュへ遊びに来て、生の取り立てマンゴーを食べてみてもらいたいです。私はここでできるだけ「ようこそ!」と迎えられる状態でありたいなと思います。


余談ですが、3年前に来た時は、マンゴーが美味し過ぎて朝昼晩の3食に食べ、マンゴーかぶれを起こした思い出があります。マンゴーってウルシ科だとその時に初めて知りました。美味しくても、食べ過ぎには注意ですね。

バングラデシュの国果物とラッシャヒ地方だけのソウルフード

今回はマンゴーばかりを取り上げましたが、バングラデシュの国を代表する果物(国果物)はマンゴーではありません。上の写真の果物…実は「ジャックフルーツ」なのです。ベンガル語では「カタール」(ちなみに少数民族チャクマ語では「ハットル」)と言います。


これも木にぶらさがって成る果物なのですが、ラッシャヒの市場で見たカタールは30〜50kg級の大きなものばかりでビックリ。バングラの人はカタールの話をする時、必ずと言っていい程「これが国の果物なんだ!」ときちんと教えてくるのですが、ある時「で、日本のは何だ?」と聞かれて、恥ずかしながら私はそれに即座に答えられませんでした。 


国花は「桜」といつも答えられていたけれど…日本の国果物が「柿」だということを知らなかったのです。今は「柿=(Japanese)Persimmon」と答えられます。


個人的に、私はカタールよりマンゴーが好き。カタールは生で食べるよりも、種をトルカリ(カレー)に料理したのが好き。大粒の種が、まるで栗のようにホクホクになるのです。 


お母さんと赤ちゃんの写真の説明が最後になりましたが、バングラの人はよくカタールのことを “赤ちゃんみたいな形” という風に言ってきます。確かに…似てるように見えてきませんか?


そして、バングラデシュでもここ “ラッシャヒ限定” というソウルフードに出会いました。

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その名も「カライ・ルティ」と言って、すご〜く “辛い” 食べ物です。しかし、名前の「カライ」は「辛い」という日本語ではなくて、カライという名前の籾(もみ)のことだそう。ラッシャヒでとても多く生産されることから、それを練り込んでルティ(小麦粉から作るピザの皮のようなパン)を作ったのがカライ・ルティ。


「ノーマル」と言えば、ただマスタードオイルをつけて食べる15円程のランチとなり、「スペシャル」と言えば、ベグン・ボッダ(ナスの和え物)を添えてくれ30円程のランチとなります。すごい辛い!の犯人はこのナスの和え物ベグン・ボッダの方で、「ボッダ」はバングラデシュ全土の料理ですが、ラッシャヒでカライ・ルティに添えられるボッダは、味付けが通常の倍の唐辛子でなされるよう。

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辛いもの大好きな私も珍しくギブアップしたのに、平気な顔で食べてる現地の女の子…さすがです!


 

経験した日: 2017年07月25日

Ambassadorのプロフィール


Natsumizo

1985年、宮城県女川町生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリー制作のためバングラデシュを訪れる。卒業後、Documentary Japanに務める。2014年、学生時代作品への心残りや日本よりも居心地の良さを感じていたバングラデシュに暮らし始めることにし、作品テーマや自分の役目(仕事)を再び探すことに…その中で出会ったこの国の少数民族に魅力とシンパシーを感じて、彼らと共に生活していきたいと思う。ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』(国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞および青年海外協力隊50周年賞受賞→ http://youtu.be/BlxiN2zYmjE)、カメラ教室、クラウドファンディングや写真集『A window of Jumma』の制作などを行ってきたが、この地で映像作品制作を続け、この先は映画上映会(配給)や映画祭などの企画にも挑戦していきたいという夢を抱いている。

Natsumizoさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート