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バングラデシュで山あり谷あり、キニティウの水道建設と植林計画

Posted on 2019年10月16日
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「キニティウ」は、バングラデシュで子どもたちや少数民族に関する事業を展開する私たちChotoBela worksと現地の有志ボランティアが一丸となって、運営をサポートする学校です。

【過去記事リンク】住み始めて5年。ついにバングラデシュで「キニティウ」という学校の運営サポートを始めました!


現在、バングラデシュの南端、チッタゴン丘陵地帯のバンドルボン県にあり、クミ・ムロという少数民族の子どもたちが50人ほどが通っています。
私たちが運営に関わるようなってこの半年間、色々な成果がありました。その中でも水道建設と、次なる植林計画への歩みを、今回はご報告します!


 


 

1.貧乏団体だけど、ウォーターサプライを設備したい!

どうして私たちがキニティウに寄り添い、力を注ぎ、大切にしたいのか……。それは、最後のほうでお話します。


キニティウの子どもたちと多くの時間を過ごしながら、メンバーたちと現地視点で、最初に整えるべきものは何だろうと今年4月に話し合いました。そして導き出されたのが、「ウォーターサプライ=水道を作ること」でした。


長年ここに存在するキニティウですが、この村自体、水も電気も未だ不通。
水に関しては、いつも学校から20分ほど丘を下ったところにある水辺まで下りて水浴びをしたり、そこから日々の飲み水を運んだりしていました。


水浴びは遊びとして楽しいものですが、飲み水の確保という観点からいうと険しい道中で滑って転ぶ可能性や、勉強時間のロス等の問題もあるし、それに使い古して茶色く変色したペットボトルで水を汲んでいたのも居た堪れない光景で、私はここを強く改善したいと思いました。


 


そうは思い立っても、私たちに大金はなく、今でも運営資金のメインは私の貯金やアルバイト(映像制作含む)で得たお金です。これに時々、個人の方々からのご支援やクラフトの販売収入も加わります。それに一時帰国のたびに、「季節労働者」なんてあだ名(愛称だと思う)で呼ばれながら出稼ぎをしてもいます。


ここで今年2月にさかのぼるのですが、女子プロレスラーの友人たちがバングラデシュのチッタゴン丘陵地帯に生のプロレスを披露しに来てくれました。なんと今回の水道建設の大半は、そのプロレス(PURE-J)サポーターのひとりが出資して応援くださったのです。


【過去記事リンク】日本女子プロレス団「PURE-J」がバングラデシュに参上!現地で生のエンタテインメントを見せる国際交流


こうして、5月に着工をしました。水質検査、距離測定、さまざまな折衝に話し合い。キニティウの男の子たちも、水質検査のための水を各ポイントから集めたり、長いメジャーを学校まで引っ張ったりなどして手伝ってくれました。彼らはいつも、私たちを手伝いながら、新しいことすべてを楽しんでくれます。


 


 

2.一筋縄にはいかない工事も、仲間の力で

はじめは、丘陵地帯でも一般的なラムポンプ(水撃ポンプ)を使って水を汲み上げる段取りでした。


しかし、汲み上げる距離(高さも)と水量の関係で、キニティウではそれが適わないという話に。これまでこの地に水道が支援されなかった理由のようにも感じながら、「私たちは諦めない!」と、代案としてソーラーポンプの利用を考えました。


実はこれらの段取りすべてが、ChotoBela worksの活動を支持してくれる現地の業者さん(ボランティア)によって進められました。彼らはバングラデシュで初めて水撃ポンプの技術で成果をあげている技師たちで、キニティウでそれが使えなかったことも、真摯に受け止めてくれました。ソーラーポンプの技師たちも同様、機器類の実費以外はもらわずに作業してくれたのでした。


 


 

3.6月26日、水が届いた日

長いホースを伝い、水がキニティウに届いた6月26日。雨季の天候に左右されながら、遅れはしたものの想定内の範囲で、むしろバングラデシュでこの手際は優秀といっても良いと思いました。


キニティウの先生から「水が届いた!」と連絡がきて、その後バイクで町まで下りたメンバーからその光景が写真と動画で届きました。画質低めですが感動的です。ぜひご覧ください!
■Kinithew Water Supply
https://youtu.be/nYiQ8C2CtP0 (2分30秒)


大変だったけれど、心底やって良かったと思いました。大はしゃぎで、一着しかもっていない制服もずぶ濡れになる子どもたち……。こんな嬉しい光景はありません。


 


最近、SNSで活動を見てくれる現地の若者層から「ChotoBela worksの活動にインスパイアされる!」とコメントをもらうことも出てきました。実はそれが本当に嬉しいことで……というのも、ほんの数年前は、私のような日本人を見ると、終着点ではドネーションを求められ、よって壊れてしまった関係もありました。途上国気質というのか、その立場のマインドみたいなものが影のように潜んでいるのをいつも感じていました。


それが最近、「自分たちの力で!」というマインドに変わってきたのを、若者中心に少しずつ感じます。これは、ChotoBela worksにとっての目標のひとつでもあるのです。


私は日本人だけど貧乏なことは、現地でももうバレてきているので(笑)、以前のように金銭面で頼られなくなってきたし(良いのやら哀しいのやら)、そんな私と現地の仲間が地味にも明るく活動していることで、インスパイアされるようなのです。


また、今回水道建設リーダーになってもらった現地の若者が、この後 ChotoBela works へのメンバー希望を申し出てくれたのも嬉しかったです。この作業を通して関わった人々が、また私たちの財産になったと思います。


 


 

4.まだまだこれから

水道が通った後は、水道らしい建物(タンクや蛇口部分など)を造る作業に移りました。


バングラデシュには山がない、なんて誰が言ったか……写真の通り、ボランティアメンバーも工事作業員も、山奥のキニティウまで辿り着くのに悪戦苦闘しました。


曇天続きの時にはソーラーが使えず、ソーラーポンプで開通した水が使えなくては、レンガの組み立てもままなりません。そんな時はしばらく工事中断となりました。でも、この場所や自然と調和して作業や活動を続けていくことが私たちも前提としているので、そんな日は「さぁ次は何をしよう」と明るく未来の計画を立てました。


それに水はあらゆる活動の基礎だなと改めて考えさせられました。人々の生活も、インフラを整えるのも、まず水が必須。第一歩として水道開通に着手したことは間違っていなかった、とも気づかせてくれました。


 


 

5.エコ・フレンドリー

晴れて写真の状態まで、水道施設が完成に近づきました。


が、何を以て完成か……今後、水がうまく来なかったり、水道管が汚れたり、調子が悪くなることもあるでしょう。こんな不便な場所であればなおのこと、造れば終わりではありません。それでも、自分も仲間もここに寄り添い続けていれば、きっと大丈夫……。


水が届くようになったこと、そしてストックできるようになったことで、以前と比べてみんなの安心感も増しました。料理や水浴び、気軽に食器や手を洗うこと(手洗い教室も行いました)、汲み上げる水以外にも雨水を大量に貯められたりと、やりがいをおおいに感じます。


 


今後はフィルター工事に入るのですが、初めに行った水質検査で、水辺の水からはいくつかの菌(健常者には無害だが、状態によっては悪く働くこともある種)と、微生物数値が高めという結果が出ていました。あまり水質は良くないようですが、子どもたちも近隣の村の人々も、これまでこの水を飲んできたし、それで病人や死人が出たとは今のところ聞いていません。これに関しては、まだまだ調査と勉強が必要です。


ChotoBela worksのみんなは、いつも「エコ・フレンドリー」という言葉を使います。バングラデシュでよく見かける、その場しのぎの工事や建設、環境を顧みない姿勢を、今の私たちは取りたくない。たとえ時間や経費がかかっても、自然と繋がった生き方を、子どもたちの世代に示したいし、教えたいから。


 


 

6.次なる植林計画

今回の記事トップ写真ですが、キニティウの子どもたちは、木登りが大好き。ちょうどよい木を見つけると、すぐ登り始めます。瞬く間に木の上に移動してしまう彼らを、私たちは時々「バンドル」(=猿)と愛着をこめて呼びます。


 


水道建設を進めながら、キニティウ周辺の景観についても考えていました。バングラデシュ奥地の田舎で、少数民族地域でもあり、自然は豊かで、放出されるゴミの質・量もたかが知れています。


けれど、良くも悪くも野生という感じで、大雨やサイクロンの後は、中途半端に造られていた道や建物が崩壊し、「ワイルド!」の一言では片付けられない残念な風景が見られます。学校の前や周りも同様で、子どもが学んで育つ場所なのだから、もう少し安全かつ整った風景になってほしいような気もします。


キニティウのことを想う時はいつも、「自然体に彼ららしく在れること」と、「未来に生きるため変化を遂げなくては」のはざまで、とても悩みます。


 


メンバーのウジャニから聞いた言葉で、私も気に入っていることわざがあります。
“If you are planning for a year, sow rice. If you are planning for a decade, plant trees. If you are planning for a lifetime, educate people.”
(もしあなたが一年を計画するなら、種を蒔きなさい。十年なら、木を植えなさい。一生なら、人を教育しなさい。)


私たちもこれに見倣い、キニティウの子どもたちを教育しながら、植林することを決めました。


 


初めての植林として、美しい花を咲かす木や実がなる木、薬用となる木など全部で58本の苗木をチッタゴンの街で買い、4時間ほどかけてキニティウまで運びました。


 


 

7.SDGsの達成を、この世界の片隅にあるキニティウからも

国連・持続可能な開発目標(SDGs)でいうと、植林は「15. 陸の豊かさも守ろう」に該当するかと思います。


でも、植林の効用はそれだけではありません。クミとムロ族(少数民族)の子どもたちが通うキニティウで行うことで、「5.ジェンダー平等を実現しよう」や、「4.質の高い教育をみんなに」にも繋がるように思います。さっきの水道建設は、「6. 安全な水とトイレを世界中に」ですね。


SDGsについては私も勉強中ですが、17項目と関連づけながら ChotoBela worksの運営計画を立てることは、やりがいを感じられます。


メンバーのウジャニが子どもたちに、木を植える前の根っこ(土)部分の触り方や、ビニールの外し方、それにビニールをポイ捨てしないこと(バングラデシュでは大人がこれをできません)を教えながら、「シェグンの木」について教えました。
「どれがシェグンの木か分かる?」と問いかけると、みんなが一斉に指をさしました(写真左の後ろのほうにある木々です)。「シェグンは1日20リットルも水を吸うんだよ。みんなは一日何リットル飲む? 1リットルも飲む? だからシェグンは、いっぱいあると他の場所や植物のぶんまで水を飲んじゃうんだよ。だから、私たちはもうこれをここに植えない」。
シェグンは、家具作りには適した材木のようですが、環境には優しくないと地元の人々は話しています(もし「それは違うよ」という知識人の方がいましたら、どうか怒らず、詳しく話を聞かせてください)。


真実は私にも分かりません。ただ、バングラデシュの人々(特に田舎のほう)は、ここ2年くらいの異常な暑さはロヒンギャキャンプが広がっているせい(森林伐採)だとか、土砂災害が起きるのも入植者が木材のために勝手に切り倒してもっていくからだと話したりしています。


私たちの役目は、その理由をはっきりさせることよりも、目の前のことを、仲間たちと地道にやっていくことだと思っているので、これに関しても教えてくださる方や、キニティウのために授業してくださるような方がいたら何より幸いです。


 


 

8.キニティウが生まれたわけ

ところで、キニティウの存在が生まれたのは2009年です。


このチッタゴン丘陵地帯という土地に、人々からの信頼がとても厚いチャクマ族のジミットさんという人がいます。今よりもこの地域の治安が悪かった頃から長年、先住民のために色々な活動を行い、特に教育や芸術面で闘ってきた方です。
そんなジミットさんが時々行う現地探索・収集調査でバンドルボンの奥地に向かったところ、今のキニティウがあるロントン村に遭遇しました。


そこに、ジミットさんを慕い、またジミットさんも期待したいと思ったクミ族の人物が現れました。そんな有志が集まって、キニティウができました。しかし、この土地での学校運営はとても困難なもので、キニティウは何度か閉校しかけたり、経営不振に陥りました。そのあいだも、ジミットさんは自分の息子や娘(現ChotoBela worksの幹部メンバー・ウジャニ)、そしてその友人たちをボランティアに派遣するなど、ベンガル人や外国人などの窓口となり、キニティウが良くなっていくことを願って行動してきました。


ChotoBela works がキニティウを支える一柱になるのを決める前から、ジミットさんは現地の私のお父さん的存在でした。彼らが大切に守ってきたものは、私も守っていきたいのです。私が事を起こす時は、理由はいつもシンプル。そうして、私たちのキニティウ運営サポートが始まったのでした。


 


キニティウの子どもたちに与えたいのは、バングラデシュで通用する一般教育だけじゃなくて、それを越えて、未来のバングラデシュで代表となるぐらいの環境面における知識や経験です。彼らが少数民族(マイノリティ)で、この自然あふれる場所に生まれたからこそ、マジョリティにも、都会の子にも負けないものがある。それを特権と感じられるように、活かせるようにしたいのです。


これは、個人的な(ウジャニと私の)夢ですが、こうして今のキニティウがあることに感謝して、ジミットさんが今のお仕事(ランガマティにある、1300人11民族の子どもたちが通う寄宿舎学校の校長)を定年退職する数年後、キニティウで校長先生をやってほしいな……なんて思います。


 


最後に、写真の苗木(ミロバラン)の花ですが、これは子どもたちが「こんな花、早く咲いたらいいね!」と、どっかから勝手につけて結んだ花です(笑)。


 


■参考URL
ChotoBela works
 Facebook https://www.facebook.com/chotobelaworks/
 Instagram  https://www.instagram.com/chotobela_works/


 


 

経験した日: 2019年10月16日

Ambassadorのプロフィール


NatsumiA

1985年生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリーの課題制作がきっかけでバングラデシュを訪れる。卒業後、映像制作会社の勤務を経て、2014年より単身でバングラデシュに暮らし始める。主な活動地は、チッタゴン丘陵地帯や国境沿いの地域で、少数民族と深く関わり、写真・映像制作を行っている(ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』【国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞 および 青年海外協力隊50周年賞受賞】、写真集『A window of Jumma』【クラウドファンディング】など)。現在は、ロヒンギャ難民キャンプにも活動を広げ、ChotoBela works という現地ボランティア団体を立ち上げ、バングラデシュの子どもたちの "子ども時代 / チョトベラ" を豊かに彩ることを目標に、移動映画館(World Theater Project バングラデシュ支部代表)、アートクラス、カメラ教室、スポーツデイなどを開く。また、バンドルボン県で、クミ族とムロ族の子どもたちが寄宿するキニティウという学校をサポートしている。

NatsumiAさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート