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手段は何でも構わない。自分がどう生きたいかで人生が変わってくる ハーピストの御手洗えまさん

Posted on 2016年10月28日
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東京の音楽大学卒業後、イギリスで6年間ハープを勉強しフリーランスの音楽家として活動。


現在タイのバンコク・シンフォニー・ミュージック・スクールでハープの講師をしながら、一児の母として働く御手洗えまさんに、仕事や育児についてインタビューを行いました!


 なぜタイというステージを選択したのか、えまさんの人生観について迫ります。

 

ハープを始めたきっかけは、ある先生との出会いだった

えまさんがハープと出会ったきっかけを教えてください。

母がバイオリニストで、自分もバイオリンをやっていました。でも、親に教わることは少し窮屈に感じていたので一時期は辞めようと思っていたんです。ただ、自分が人よりできることは音楽だったので、音楽家として生きていくことを漠然と想像していました。そんな時に、偶然母があるハーピストの方とコンサートをすることになり、ハープに魅了されたんです。それがきっかけでハープを始めました。

 

そこでハーピストとして生きていく覚悟を決めたのでしょうか?

「ハープをやりたい!」と意気込んだものの、母からもらった言葉は「買ったら辞められないよ」という一言でした。ハープは自動車1台ぶんくらい高価でして。その言葉に背中を押され、現在に至ります。ハープは一般的に珍しい楽器かもしれませんが、私自身ハープを教えていただいた荒木先生と出会わなければ、自分がハープをやることもなかっただろうと思います。

 

大学卒業後の進路は未定。そんな中見つけたイギリスの大学院への道

大学卒業後のイギリスでの生活について教えてください。

大学のハープ科を卒業した後は、正直何も決めていませんでした。このままハープを本当に続けたいのか? 自分の中で迷いはありました。そんな迷った時、道を照らしてくれたのはいつも母でした。私は下関出身なのですが、山口県のロータリークラブがロータリースカラシップという制度を実施していたんです。母の薦めにより、奨学金に応募しようと決意。運よくその奨学金を需給する対象者として選んでいただき、イギリス・マンチェスターの大学院に2年間通うことにしました。

Diplomaのコースだったので、論文はほとんどなく演奏に没頭する毎日。

日本の、押し出されるように卒業する大学の仕組みとは違い、頑張らないと卒業できないので、本当に必死に勉強しました。この必死に取り組んだ2年間は、私にとってハープをなくてはならない存在にしてくれました。

ハープで食べて生きていきたい、という気持ちが芽生えたのもこの頃です。

 

その後は、4年間ロンドンでフリーランスのハーピストとして働きました。結婚式で演奏したり、ピアノを日本人の子どもたちに教えたりと、その日働いたぶんを現金でもらう生活。

なけなしの現金を交際費に費やし、ほぼ全額夜のワイン代に消えていました(笑)。

今思い返すと、お金はありませんでしたがすごく楽しかったです。もちろん楽ではありませんでしたが、ロンドンに住む人たちは刺激的な方が多く、自分の人生観に大きく影響を与えてくれました。

 

ロンドンの生活は充実していたと思うのですが、なぜタイに来たのでしょうか?

しばらくして安定しない日々に危機感を覚え始めました。そんな時に、大学院時代の同期から一通のメールが。「タイのバンコクで働いているのだけど、自分は帰国するから、後任のハーピスト講師を探している」。また、いかにバンコクの食べ物がおいしくて、海がきれいなところかという内容でした。

 

まさにそれは自分が追い求めていた、ハープを教え演奏し毎月安定したお給料がもらえるという、願ったり叶ったりのものだったんです。すぐに荷物をまとめ、バンコクに飛び込み早10年の月日が経っています。

 

子育て、そして突然の退職願から転職。ラッキーが呼んだ幸運

タイでご出産されたのでしょうか?

はい。バンコクはとても子育てがしやすい環境だと思います。タイ人たちは本当に子どもが好きなんですよ。赤ちゃんをどこにでも連れて行けて、気がついたら誰かが面倒を見てくれているといった環境です。

日本だとベビーカーを電車内に持ち込むのも気が引ける、という話も耳にしますが、迷惑がられた時は一度もなく、子どもをかわいがられた思い出しかありません。

私は仕事をしていたので、出産1ヵ月後には仕事を再開していました。職場にナニーさんと子どもを連れてこれたので、仕事もすごくしやすかったです。

 

どのタイミングで転職をお考えになったのでしょうか?

以前はタムナック・プラソム・ハープセンターという、タイのロイヤルファミリーが運営するハープの専門学校で10年働いていました。

ですが、あと5年で転職しようかなと思っていた矢先、今月で半年間学校を閉めると言われたんです。突然の退職願でした。予告は一切なし……本当に怖いことです。

ですが、なぜかその時も手助けがあり、翌月には現職のバンコク・シンフォニー・オーケストラで講師として働き始めました。そう考えるとすごくラッキーですね、アンラッキーさも含めて。

 

波乱万丈なえまさんですが、仕事観について教えてください。

海外で働くためには特技があったほうが良いという話も聞きますが、それよりも大切なことは気持ちだと思います。こだわりすぎないほうがいいですね。「あるべき姿」を追い求めると、海外では苦しいですから。日本で言われている「当たり前」をもち込むと、それと違った時に対処しにくくなるので、自分の中でぶれない軸があれば、それでいいと思います。

 

私は海外でしか働いたことがないので、日本の働き方とは比較できませんが、縛られていない自由な環境が好きです。もちろん日本は大好きですが、日本に腰を据えてしまったら、動かなくなるのが怖い。バンコクにいる限りは、定住や永住でなく、いつでも違うところに行けそうな環境がいいなと思います。

自分自身、実はハープにこだわる必要もないと思っています。ハープは手段であり、旅人のように海外を転々としながら暮らす。そういう生き方をすることが、今後の私の幸せです。

 


 

 

凛とした姿が印象的なえまさん。

一生懸命目の前のことをやっていれば、自然と新しい道に導かれるという考え方が素敵でした。

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小林ななみ

新卒1年目からタイ勤務。好きなことは、ドラムと新しいもの。

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