ABROADERS

  • HOME
  • いつもの আমার সাধারণ【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

いつもの আমার সাধারণ【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2017年07月14日
0
4058

このニ週間は、ずっと首都ダッカにいました。(ほんの少し郊外にはでかけたけれど。)


正直、街よりも村の方が好きだし、村の方で起きている災害のことが気になって、ダッカに留まることに物足りなさや心苦しさを感じたけれど、


今は、どこよりもネット環境が確保でき、日本とも連絡が取りやすいここダッカでじっと、私じゃなきゃできない役目を果たした方が、被災地の村にも役立てるだろう…と、


いつもの、頭で考えるより感情が先になりがちな私らしくはない判断をして、毎日義援金を募る活動と、そしてその先… “次にその村のためにできること” を模索、プロジェクトにするための準備に取りかかっていました。


なので今回は、そうして過ごしたダッカでの「いつもの」こと、そして一番下に、義援金集めの活動の成果について少しお伝えしたいと思います。


 

毎日のリキシャ、時々、雨の日のキチュリ

バングラデシュの一般的な乗り物である「リキシャ」。


これに乗らない日はないと言っても過言ではないくらい、地元の人々や私にとって、いつもの主要な移動手段です。


リキシャの語源は、日本語の人力車から来ているというのは有名な話(?)ですが、日本の今の人力車のように観光用ではなく、まだまだ日常的で、日常的でありながらも、私が初めてバングラへ訪れ、初めてリキシャに乗った2010年から今も、乗るのがとても大好きで、飽きずに、気持ち良いなぁと感じる乗り物です。日本に戻っている間もそうだし、もしこれがこの国の生活からなくなってしまう時が来たら、心がぽっかり寂しくなりそう…というくらい、私のいつものもの。


リキシャの運転手さんを「リキシャワラ」と呼びますが、「ラスト・リキシャワラ」の時代がどうか来ないでほしいと願います。リキシャワラの稼ぎはとても少ないですが、でも、バングラで一番働いている風に私から見えるのは、ビジネスマン社長よりもリキシャワラです。


動画は、夜中から降り続いた雨の後、洪水状態な道でも、災害とは呼ばないような素振りで進んで行くリキシャの姿。



またバングラデシュ人は、「雨の日には『キチュリ』を食べる!」といういつもの鉄板があります。 


キチュリとは、お米とひよこ豆を炊き合わせたごはんです。


 

.

「どうして雨が降ったらキチュリ食べようって言うの?」と聞くと、「雨が降ると寒くなるから、キチュリを食べるとあったまるからだよ!」と誰もが同じく答えます。他の料理と違いがあるのか、体感ではあまり分かりませんが、みんながそうだと言うし、おもしろいので、私も今は「雨の日にはキチュリかな?」なんて思っています。


ごはんの山の中には、メニューで選んだお肉が入っています。しかし私は、牛肉や鶏肉、山羊肉もあまり食べないようにしているので、この時は抜いてもらいました。


 

「俺のカスタマー!」

ここは、家からいちばん近い、私の通っているいつもの市場です。 


私の持っている冷蔵庫は、単身赴任の男の人のような、またホテルにあるみたいな、冷蔵と冷凍が1つのドアの小さな物なので、買い出しには3〜4日に1回くらい行きます。


バングラのこうしたドカン(お店屋さん)は、同じ商品のお店が続けて並んでいることが多く、私が前から不思議に思っているのは、こちら側からするとちょっとでもまけてくれるドカンを選びやすいので良いけれど、店側の利点は何…?ということです。


この市場でも、通路ごとに売り物が別れていて、お魚の道、野菜の道、スパイスの道…などと私は呼んでいます。


 

.

で、どうやってそんな道から1つのお店を選ぶかというと…


それは心理的に簡単で、フレンドリーな店主のドカンからいつも買うようになります。同じ商品の道をくぐり抜け、わざわざでもその店主のドカンで買う。


「親は元気か?」「猫はどうしてる?」(私はこの国で2匹の猫を飼っています。今度紹介します!)って一言を交わすようになったり、「今日は5円おまけだ!」「カチャモリチ(唐辛子)とドネパタ(パクチー)サービスで入れておいてやるぞ!」なんていう、なんだか下町っぽいやりとりが嬉しいのです。


店主ももう「俺のカスタマーだ!」と両隣2〜3軒に言い放って、「いつもの魚用意してあるぜ!」と待っていてくれるのが微笑ましく思います。


野菜や果物が安いこともバングラデシュの魅力だと思うのですが、野菜は以下の分を買って…


 

.

なんと220Taka!日本円で300円くらいです!


(上段左から:にんにく、生姜、きゅうり、なす(長いのと丸いの)、レモン。中断左から:玉ねぎ、唐辛子、オクラ。下段左から:キャベツ、パクチー、トマト、にんじん。)


 

写真集「A window of Jumma」とチッタゴン丘陵地帯の災害義援金交換の活動

ちょうど去年の今頃…私はこの写真集「A window of Jumma」(ア・ウィンドウ・オブ・ジュンモ=ジュマ民族の窓)を制作していました。


それは、一昨年暮れに行ったクラウドファンディングの支援者様へ、お礼の品として。


本来は、生まれなかったかもしれない写真集…というのも、大きく2つの理由があります。 


1つは、もしこの年、治安が悪くならず、私がクラウドファンディングで企画を起こした通りに現地の村・チッタゴン丘陵地帯で活動ができていたとしたら…そこで見る一年を、私は自ら映像で伝えたいと思っていたので、こうして “現地の人々の撮った写真を集めて一冊の写真集を作る” という最終案には、きっと辿り着きませんでした。丸一年をそこで暮らすという夢が叶わなくなった落胆を乗り越え、また元からこの地域に敷かれている外国人入域規制という制限をくぐり抜けて、生まれた軌跡の共同作品。


もう1つは、この本がダッカの印刷工場で制作終盤を迎えていた頃、この街で、日本人7名を含む外国人22名が殺害されるというテロ事件が起こりました。


それまでずっと工場に出向いて編集を行っていたし、ファンディング会社と約束した納期も迫っているにも関わらず、出かけるのが少し恐くなって、本気で、遺作になったりするのかな…せめて完成させたい!なんて気持ちになりました。街で暮らしている少数民族の子たちもまた、この国では異教徒で、見た目も私たち外国人のようなのに、「僕たちは生まれた時からこのリスクを背負ってるよ。」と言って、今さらじゃないんだと、逞しく心強く付き添ってくれて、テロから丸一ヶ月後に完成できた写真集。


とにかく、振り返るとそうしてできた作品を、無事ファンディングの支援者様には配り終え…手元に30冊程が残っていました。


今年6月、少数民族の彼らが暮らすバングラデシュ・チッタゴン丘陵地帯で、大きな火災事件と大雨による土砂災害が立て続けに起き、死者、避難民、家や仕事を失った人々、親を失って教育機会も途絶えそうな子どもたちなど…困難な状態が極まり、彼らにとってまた辛い状況が迫りました。


こんな時に、外国人入域規制は強まるばかりで、私は何ができるの…と悩んだ時、残りの写真集で日本の仲間たちから義援金を集めることができないかと考えました。


ありがたいことに、30冊すべて売り切れ、156,000円(110,000Taka)という義援金に代わり、現地でボランティア活動中の2つのチーム、1つの学校に配分して渡すことができました。


 

.

写真を提供してくれた1つの学生チームの報告では、サポートに回ったいくつかの村には、一ヶ月間は暮らせる程の食料や生活必需品が届き、その先… “次にその村のためにできること” を模索の段階に移る!ということでした。


日本のみなさんには、遠いこの地で起きた事件と災害のためご支援にご協力いただき、本当にありがたかった気持ちと同時に、それでも自分の力の小ささもすごく感じて、強くなりたい…とまた思った機会でした。


学生チームのリーダーの女の子と私の繋がりは、ひょんなきっかけからでした。


三年前、この村を初めて訪れた時、私は村人の何人にもに「ウジャニ!」と呼ばれました。聞くと、この村のウジャニ・チャクマちゃんに私が似ているらしいとのこと…そうしてその後、私たちは出会い、仲良くなって、今日のこの関係に至ります。


 

.

私も今、大好きな彼らと “次にできること” のため、動き出しているところです。

経験した日: 2017年07月11日

Ambassadorのプロフィール


NatsumiA

1985年生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリーの課題制作がきっかけでバングラデシュを訪れる。卒業後、映像制作会社の勤務を経て、2014年より単身でバングラデシュに暮らし始める。主な活動地は、チッタゴン丘陵地帯や国境沿いの地域で、少数民族と深く関わり、写真・映像制作を行っている(ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』【国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞 および 青年海外協力隊50周年賞受賞】、写真集『A window of Jumma』【クラウドファンディング】など)。現在は、ロヒンギャ難民キャンプにも活動を広げ、ChotoBela works という現地団体を立ち上げ、バングラデシュの子どもたちの "子ども時代 / チョトベラ" を豊かに彩ることを目標に、移動映画館(World Theater Project バングラデシュ支部代表)、アートクラス、カメラ教室、スポーツデイなどを開く。また、バンドルボン県で、クミ族とムロ族の子どもたちが寄宿するキニティウという学校をサポートしている。

NatsumiAさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート