- HOME
- 「大好きなサッカー」と「人とのつながり」で切り開く、自分だけの働き方〜Global Football Academy (Samurai Pte Ltd) 鈴木 謙史さん〜
「大好きなサッカー」と「人とのつながり」で切り開く、自分だけの働き方〜Global Football Academy (Samurai Pte Ltd) 鈴木 謙史さん〜
アジア経済圏の中心、シンガポール。約3万6千人(2014年10月現在)もの日本人在住者がいると言われるその土地で、日系サッカーアカデミーの運営に携わる、鈴木謙史さん。
幼い頃から海外サッカーが大好きだったという鈴木さんは、学生時代にインターンとして勤務していたGlobal Football Academyに、そのまま就職することになったそう。
そもそもシンガポールを舞台に選んだ理由や、サッカーを軸に築く今後の展望についてなど、等身大のキャリアの作り方を伺いました。
サッカーが広げてくれた、世界への視野
海外で働くことに興味をもったのはいつ頃ですか?
「いつか海外で働いてみたい」という気持ちは高校生の時から持っていました。きっかけは幼い頃から大好きな海外サッカー。
私が小学校5年生だった1998年のフランスW杯の時、父が衛星放送を繋いで海外サッカーの試合を見れる環境を作ってくれたんです。子どもながらに、初めて見た外国のサッカーに衝撃を受けましたね。
観客とコートの距離が近くて、それを撮影するカメラもすぐそばにあるから、現場の臨場感が画面からそのまま伝わってくる。
自分でプレーをするのも好きだったのですが、「見るサッカー」の面白さにどんどんはまっていきました。
世界地図を机に置いて眺めては、好きなチームのある国を探して「いつか行ってみたいな」と海外への思いにふける、そんな子ども時代が今の自分につながっているのかもしれません。
初めて海外へ行ったのはいつでしたか?
大学3年生の2月です。今の会社のインターンをするために休学して、シンガポールを訪れた時が初めての海外でした。
パスポートを取ることも国際空港に行くことも、何もかもが初めて。最初は不安と期待が入り混じる感覚でしたね。
シンガポールに降り立った時に印象的だったのは、「匂い」と「熱気」。あんなに綺麗なチャンギ空港も、空気感は東南アジアなんだと感じたことを覚えています。
そして街中に足を踏み入れてみると、シンガポールはアジア経済の中心地として大きく発展していて、「東南アジア=発展途上国」という私のイメージが吹き飛びました。街中の看板に日本語案内がしっかり書いてあることも衝撃でしたね。

就職活動の迷いの中、「人との繋がり」が導いてくれたインターン
シンガポールでのインターンが決まるまでについて教えて下さい。
大学3年の秋頃から就職活動を始めて、「スポーツビジネス業界で働きたい」という希望を持っていました。
でも、一言にスポーツビジネスと言っても、広告代理店やトレーナー、マーケターなど様々な手段があって、自分が何をしたら良いのかわからなかった。
だったらスポーツビジネスの現場に行ってみようと思い、就職活動を一旦中止して現場に出られる道を探したところで見つけたのが、今の会社のインターン募集でした。
とはいえ、就職活動を中断するのは勇気が要ります。休学がマイナス評価につながらないか、お金も時間もかかることに両親の承諾は得られるかなど不安は尽きず、最初は応募しようと思っていなかったんです。
でも、シェアハウスで一緒に住んでいた友人たちが、「やりたいんならやってみれば?」と言ってくれて。
「一度連絡してみるくらいなら損することもないし、やってみよう」という気持ちで「ぜひお話を聞かせて下さい」というメールを送ってみました。
すると、偶然にもそのメールを受け取った担当者の男性が、大学時代のサークル活動を通じてお会いしたことがあった人だったんです。
フリーペーパーの営業訪問をした会社の方で、向こうから「あの時の鈴木君ですよね?」というメールが返ってきた時は驚きました。
1名の枠に対して、インターン候補者は10名ほどいたのですが、幸運なことに選んでいただき、すぐにでも人手が欲しかった会社の意向もあって、最初のメールから1ヶ月後にはシンガポールにいました。
実際に現地でした活動は、子どもから大人まで教えるサッカーコーチやイベント企画、アパレル事業や日本からシンガポールへ来る人のコーディネートなど。会社の事業を一通りやらせてもらい、サッカーを中心にビジネスの現場を見渡すことができたので、「この選択は間違ってなかった」と思えましたね。
インターンの後にすぐ就職されたのですか?
いえ、春から夏にかけてインターンとして働いた後、一度日本へ帰国しました。念願のスポーツビジネスの現場を見ることができたので、またそこに戻ることを踏まえて別の世界で経験を積んでみようと考えていました。
それで少し趣向を変えて、オフィスワークができるSEの仕事を5ヶ月やったりしたのですが、しっくりこない。
シンガポールではずっと動き回る仕事をしていたので、座ってパソコンに向かい合ってずっと同じことを繰り返す仕事は合わなかったんですよね。
まだ休学中だったので、スポーツの世界にある色々な職種にチャレンジしてみようと思い、フットサル大会を企画・運営するNPOで働いてみたり、大手スポーツメーカーのインターンを受けに行ったりと、スポーツ関係の知識を深める期間にしていました。
大学4年の秋頃に改めて就職活動を始め、幅広い業界を視野に入れていましたが、主にスポーツ関連の仕事で探していました。
自分でも不思議なのですが、スポーツビジネスに関わりたいという軸はずっとブレません。
でも、納得できるところを選びたいと思うあまり、なかなか会社を決められず。そんな時、今の会社から「手伝いに来て欲しい」と連絡をいただき、就職活動が手詰まりだったこともあって再びシンガポールへ。
そして、この滞在中に会社から「一緒に働こう」というオファーをもらったのです。突然だったので驚きましたね。
小さな会社ですが目標に向かってパワフルに進んでいく社風や一緒に働く会社の人たちが好きだったので、断る理由がないと思い「ぜひお願いします」と返答しました。
そこから1ヶ月後の大学4年生の2月には、大学卒業を待たずに正式入社。
本当は日本でゆっくり渡航準備をしようと考えていたのですが、入社直前に、インターン採用の際に再会した方が結婚を機に退職・帰国することになって。
引き継ぎ業務が始まるやいなや、あっという間に大量のメールが届くようになり、社会人の幕開けはまさにロケットスタートでした(笑)。

専門知識を身につけ、サッカー界の未来のために働きたい
シンガポールで働いてみて、何か変化はありましたか?
これからの「自分のキャリア観」です。入社直前に、先輩が退職することになったと聞いて残念でしたが、「家庭を持つ」ということについて、自分はどうしたいのかを具体的に考えさせられた出来事でもありました。
なぜなら、“サッカー”と“世界で働く”という共通のキーワードを持った先輩とは、これまで辿ってきた道も似ていたから。
ロールモデルのように考えていた先輩が選んだ道と、自分のキャリアイメージを比べた時、20~30代前半では仕事に集中したい! と考えている自分の意志を再認識できたのです。
これからどんなキャリア設計をしていくべきなのか、自ずと見えてきたきっかけになったと思っています。
今後の展望について教えてください。
最近少しずつ見えてきたのは、自分は「環境を作ること」が好きなのだということ。
サッカーアカデミーを通して子どもから大人まで、たくさんの人がサッカーに触れる機会を作っているのですが、より良い環境を作ることにやりがいを感じます。
なので、サッカー協会のような影響力を持った組織に入って、より多くの人がサッカーを楽しめる環境を整えていけたら良いなと考えています。
また、もともと憧れていたサッカーの本場ヨーロッパにも、仕事で行ってみたいです。
そのためにスポーツマネジメントを専門的に学べる大学院へ行くことも視野に入れています。FIFAが主宰する『FIFAマスター』というプログラムにも参加してみたいですね。
社長の紹介で数名しかいない日本人参加者の方にお話を伺う機会があったのですが、ますます行ってみたくなりました。数カ国を回りながらマネジメントやマーケティングなど、多角的な視点からサッカーを学べるのです。
ただ、1カ国あたり選抜されるのは1名だけ。必須スキルである英語からまずは勉強していきたいです。
今考えているのはヨーロッパサッカーに繋がる道ですが、それはアメリカになるかもしれないし、アジアの国かもしれない。
まだ先の予定は決めていませんが、自分が30歳を迎えるころには次のステージに挑戦できるよう、今の環境を存分に活かして経験を積んでいきたいですね。
プロフィール
鈴木謙史/Kenshi Suzuki
Samurai Pte Ltd (Global Football Academy)
1989年北海道生まれ。幼少期よりサッカーを一番の楽しみとして過ごす。スポーツビジネスの世界に入ることを目指し東京の大学に進学。大学3年の就職活動を機にシンガポールにある現在の会社へインターンとして働く。その後、帰国しフットサルイベントを運営企画するNPOで働く。2014年に大学を卒業し新卒でインターン先であったSamurai Pte Ltdへ就職。
Ambassadorのプロフィール




















by Nnn