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インドネシアで断食前にテロ‥本当のインドネシアの姿とは

Posted on 2018年06月05日
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イスラム教のイベント、ラマダン(断食月)が始まりました。残念ながら今年のラマダンは悲しい事件とともに幕明けました。


 


5月中旬にスラバヤで相次いで起きたテロ‥そしてその後もインドネシア各地で警察署やテロ事件が起こりました。


 


 


テロが起こってからのインドネシアの雰囲気、そしてラマダンのあれこれについてもレポートします。

インドネシアの現状

毎年一回くるラマダンの時期。


わたしは少し緊張してしまいます。なぜなら、宗教心が高まるこの時期に、色々な事件が起こりやすくなるからです。


インドネシアは多民族、他宗教国家。イスラム教が90%以上を占めますが、国家としてはイスラム国家ではなく、カトリック、キリスト教、仏教、ヒンドゥーといった宗教を認めています。


 


 

インドネシアの問題点

わたし個人としては、インドネシアは他宗教国家としては成功している方だと思います。周りを見ていても、いろんな宗教の人が仲良く暮らしているように見えます。


しかし、これまでも社会情勢や社会不安に伴い、様々な衝突が起こって来たことも事実。住んでみてわかったのは、やはり溝がないとは言えないということです。よくよく生活の中で見てみると、やはり色々な面で差別はあります。


マジョリティとマイノリティが存在する以上、それは避けられないことかもしれません。


今回のテロは、イスラム過激派が家族を巻き込み、心中のような形でカトリックの教会で自爆テロを起こしたことが発端でした。死者も出ました。


 


その後も相次いでテロが起こりました。

その後の雰囲気

もちろん、こちらでは大変なニュースになりました。


これまでも色々なテロが起こって来ましたが、ここまで大きな、そして露骨にイスラム過激派がカトリックの教会を狙った事件は昨今ではなかなかありませんでした。この国が他宗教である状態を認められない過激派たちが起こした事件。外国人である私たちも正直震えあがりました。


テロリストたちの目的を邪魔するという理由で、警察官もよく狙われます。警察署での自爆テロも起こりました。


ショッキングなことは、家族を巻き込んだ自爆テロで、何も知らない子供たちを連れ、親が爆発させたことです。


テレビではその時のビデオが流れ、罪のない子供たちが親の道連れになったことに、多くの人が言葉を失いました。


さすがにいつも楽観的なインドネシア人も、この事件については深刻に考える人が多かったようです。


わたしの勤める大学でも、もちろんカトリックやクリスチャンの学生がいますので、教会に行くときは気をつけるようにと話していましたし、友達同士でも本当に心配し合っていました。


 


モールやアメリカ企業の店(スターバックスやマクドナルドなど)、人の集まるところには行かないようにと注意喚起もありました。


 

インドネシア一致団結!私たちは怖くない

しかし、その後インスタグラムをはじめとするSNSでは、テロに立ち向かおうという人々が声を上げ始めていました。


#kamitidaktakutというハッシュタグをつけた投稿が多くアップロードされました。意味は「私たちは怖くない」。


最近町では、「インドネシアは多民族、他宗教、でも一つの国家」「わたしたちは一つの国民、インドネシア人である」といったような言葉が書かれたポスターをよく見かけます。


また、様々な宗教の人を一緒に描いたポスターもよく見ます。そのような写真もよくインターネットにアップロードされています。


 


インドネシアも努力しています。どんな国も問題はあります。色々な人々が一緒に暮らすのは本当に大変なことだと思いますし、実際に問題も多くありますが、学生同士でも、違う宗教でも全然関係なく仲良くしている人がほとんどです。それがインドネシアです。


 

インドネシアのラマダンの雰囲気

また、本来ラマダンはそのような危ない時期ではありません。


holly month(聖なる月)と呼ばれ、この時期はいいことをすればいつもの二倍に、悪いこともいつもの二倍になるという考えになります。だから、色々な人がいつもよりもっと優しくなるような気がします。昼間は断食をするムスリムたちに配慮して、他の宗教の人も、外の見えるところで食べたり飲んだりしないのがマナーになっています。


ラマダンの時期にこのような殺傷事件を起こすのは、本来はありえないことなのです。


ほとんどのムスリムは非常に憤りを感じています。


イスラム教ではそのようなことを教えていない、人の命を奪うのは絶対に許されない、と。


日が沈めば皆いっせいに飲み物を飲み始めます。そしてみんなで一緒にブカプアサ(断食が終わって食べること)をします。わたしもよく友達に呼ばれてブカプアサに参加するのですが(朝から飲食しているにもかかわらず笑)、みんながじっと飲み物を見つめて、後5分‥1分‥と我慢している様子はなかなか興味深いものがあります。終わった?あれ、まだ?(周りの人をキョロキョロ見る)と言いながら。たまにフライングしてしまう人もいて(笑)


そして日が沈み、断食が終わった瞬間、おめでとう!と言いながら笑顔で食べ始めるのです。ホッとした顔で。今日もまたいいことをしたね、我慢できたね、自分はまたひとついい人間になれた‥という感じで。


 


多くのムスリムたちは、断食月を楽しみにしているんです。以前ムスリムの友達に、断食しないといけないから、大変でしょ?断食月が来ることをどう思うの?楽しみ?


と聞いたら、当たり前じゃん!という答えが帰ってきました。


ちょっと意外で、正直、義務としてイヤイヤやっているんじゃないかと思っていた部分もあったんです。


でも友達曰く‥特別なイベントだし、家族と集まる機会が増えるし、みんなで夜明け前にご飯を食べることも特別感があって楽しい。それに断食をして夜に食べる時の喜びは計り知れないそうです。


そう言われて、なんだかすごく納得しました。


私は断食の全てを理解することはできませんし、特別に賞賛しているわけでもないのですが、みんなの断食を見ていて、日本の年越しを思い出しました。夜中まで起きて、12時ちょっと前に神社に行って、年が明けた瞬間に、おめでとう!!というあの感じ。いつもは起きていない時間に家族みんなが起きている、あの感じ。そしていつも会えない親戚に会える、あの感じ。


あのワクワク感と似ているなぁと思いました。友達がそう言うのももっともだなぁ、と。


 


 


それが多くのムスリムにとっての断食月なのです。

インドネシアの平和を願って

インドネシアに住んで早三年半。


今は、インドネシアのことが少しだけですがわかっています。


問題が山積みのインドネシア。まだまだ緊張も続いています。これからも色々なことが起こるのでしょう。社会不安や経済的な問題を解決しない限り、テロもなくならないかもしれません。


しかし、国土が非常に広く、若者が多く、民族ごとにそれぞれ得意なことがあるインドネシアには、計り知れないポテンシャルがあります。


今はちょっと危険度が高まっていますが、本来インドネシアは、危ない国ではありません。のんびり屋の人々が多く、多くの人の性格は親切で、恐ろしい事件を起こすような人々ではありません。もちろん欠点や問題点もたくさんありますが、わたしは彼らのそういうところが好きです。


わたしの愛するインドネシアが、早く平和な国に戻ることを心から祈っています。インドネシア人の方々が、力を合わせて問題を解決できると信じています。


 


Asalammualaikum.(神の恵みをあなたに。)

経験した日: 2018年05月13日

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Ambassadorのプロフィール


植山葵

こんにちは! 京都から来ました。大学院で国際文化について学んだ後、日本語教師になり、2015年からインドネシアのバンドンにある外国語大学の日本語学科で日本語を教えています。 2018年7月。帰国後は日本語教師はもちろん、大学院進学、インドネシア語の教師などの進路を考えていますが、まだ迷い中です。どうぞよろしくお願いします。 aoringojpnでインスタグラムもあるのでよかったらのぞいてみてください!

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