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【前編】僕がアジアで働く理由 ~英語は落第、未経験から海外営業への挑戦~

Posted on 2019年07月22日
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アジア10の国と地域で展開するHRエージェント・Reeracoen(リーラコーエン)。これらを統括するのが、現在36歳の内藤 兼二だ。


アジア各国を飛び回る彼の社会人人生について聞きながら、アジアで働く醍醐味や苦労、また働く上で大切にしていることなどを探っていく。(聞き手:林 由希菜)



■後編はコチラ
 【後編】僕がアジアで働く理由 ~カオスでも一番成長できたのがアジアだった~


 

海外とは無縁だった

――今でこそ海外を飛び回る生活をされていますが、社会人になってしばらくは海外とは縁のない生活だったとか?


はい、2006年にリクルートの人材紹介部門を担うリクルートエージェントという会社に新卒入社しました。新人営業職としての最初の赴任地は福岡。東京出身の僕にとっては、馴染みのない土地でした。


当時九州支社で扱う求人は、東京と比較すると年収も70%程度で、週休2日でない会社も珍しくなかった。新人の僕は「九州の人たちはなぜこんな条件でも働くのだろう」と不思議に感じていました。


そこで弊社を通じて転職された方に話を聞いてみたら、その方は「以前は東京で働いていたが自分にとって最も大切なのは家族。前職よりも条件面は下がったが家族といられて満足している。それに東京の頃は残業も多く、満員電車で通勤もストレスフルだったが、今は残業もなく通勤は車で15分。心にゆとりができて、転職して本当に良かった」と教えてくださり、自分の想像力のなさに思い至りました。


人生における価値は人それぞれ違うということを理解したできごとでした。


 


 

充実した新人時代が、一転…

――「人生の価値観は人によって異なる」人材紹介をしていく上でのテーマのようなものですね!


今振り返ればその頃は、上司や同僚、お客様にも恵まれ、人と人との繋がりが事業を動かす……そんなことを体感的に学べるとても幸福な時間でしたね。


でも、強烈な事件が起きました。2008年のリーマンショックです。僕の担当求人も、わずか一週間で6分の1に減りました。お客様との会話でも「採用? むしろ減らしたいくらいだ」といった声が多数になり、自分の無力さを思い知りました。


2009年4月には東京本社へ異動となり、景気の波を受けにくい医療業界を担当することになったのですが、決して楽ではありませんでした。この業界は市場シェアの半分近くを外資系が占めていてスマートな印象のお客様が多いんですね。僕が九州で培ってきた営業スタイルとはだいぶ違った。


ただ、医療業界でもマイナーな日系、しかも自社工場をもつ企業様を担当することになって。


そこの50歳も過ぎた社長さんが、目を少年のようにキラキラさせてこんなことを語るんです。「今度上海で会社を作るんだ。あそこはすごいぞ、本当に勢いがある」と。


会社を辞めるか、ちょうど悩んでいた頃でもありました。それまで縁もなかったけれど、若いうちに海外に挑戦しておきたいという気持ちがむくむくと膨らんでいた頃で、転職するか、社内で募集していた中国でのポジションに応募するか迷っていて。そんなタイミングでの社長さんの話に運命を感じて相談したら、「絶対に行きなさい! 20代であんな市場を経験できるなんて、この先絶対ないぞ」と、背中を押してくださって。


 


 

リーマンショックで価値観が大きく変わった

――それはすごいタイミングです! でも、当時は英語も中国語もできなかったとか? よくご決断されましたね!


はい、中国語はおろか、英語も大の苦手でした。英語なんか、一般教養の英語の単位を落として大学5年生までやったくらい(笑)。ただ、今挑戦しないと、と直感的に思ったんです。


当時の中国は2008年北京オリンピックを終え、2010年の上海万博を控えたノリにノった時期で、年間GDP成長率は二桁成長を続けていました。こうして、初めての海外勤務、初めての中国へと向かったのです。


 


 

未知の国、中国では驚きの連続だった

――初めて中国・上海に着いた時、どんな印象を受けましたか。


2010年4月中旬、上海に到着したらなんと4月に降るのは10年ぶりだという雪が降っていました(笑)。異常気象からのスタート。


翌日、中国法人への初出社も衝撃的でした。職場が、喧騒感 漂う殺伐とした雰囲気で。聞けば、リクルートが当時買収をした会社に僕は赴任したようで、43人いた社員が二日で16人になった、その直後だとか。


赴任初日のあいさつで、「アジアナンバー1を目指して一緒に頑張りましょう!」と締めたら、ある中国人社員にいきなり「あなたは、そういうことを言える立場の人ではないよ!」と、みんなの目の前で厳しい言葉を投げかけられて。彼女の考えでは、いつでも日本に帰国できるような立場の本社社員が偉そうにそんなことを言うな、というわけです。「それにしたって、初顔合わせでそんなこと言うか?」と、頭にきました(笑)。


仕事に取りかかると、企業顧客リストもなければ、社内基幹システムに情報も入っていない。日本での整然とした仕事の進め方とは大きく違いました。


万博が開催される上海の街は建設ラッシュで活気に溢れ、経済は超上向き。でも、ハードの進化にソフトが追いつかないアンバランスさがありました。技術が進化しても、人のモラルはすぐには追いつかないのです。


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次回は、中国・ベトナム・タイ駐在。そしてマレーシアでの会社設立から現在に至るまで……。これらの経験を踏まえてアジアでの経験がどのように活きたか、今につながっているのか、聞いていく。


■後編はコチラ
 【後編】僕がアジアで働く理由 ~カオスでも一番成長できたのがアジアだった~


★アジアで活躍したい方の、海外就職・転職ならReeracoen
 https://www.reeracoen.asia/jp


 


【プロフィール】
内藤 兼二(ないとう けんじ)


1982年、東京都 国立市生まれ。立教大学卒業後、株式会社リクルートエージェント(現リクルートキャリア)入社。福岡・東京勤務を経て、リクルート海外法人の駐在員として中国、ベトナム、タイにて勤務。2015年から現職。Reeracoenマレーシア法人を立ち上げ、現在は10の国と地域の統括として、アジア各国を飛び回る生活を送る。私生活では二児の父。


 

経験した日: 2019年07月22日

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