ABROADERS

  • HOME
  • 【後編】僕がアジアで働く理由 ~カオスでも一番成長できたのがアジアだった~

【後編】僕がアジアで働く理由 ~カオスでも一番成長できたのがアジアだった~

Posted on 2019年07月26日
1
1061

アジア10の国と地域で展開するHRエージェント・Reeracoen(リーラコーエン)。これら全拠点を統括する内藤 兼二のキャリアについて聞きながら、アジアで働く醍醐味や苦労、また働く上で大切にしていることなどを探っていく。前編では九州での新人時代に始まり中国へ出るまでを追い、今回はその続編をお届けします。(聞き手:林 由希菜)


■前編はコチラ(下記タイトルをクリック)
【前編】僕がアジアで働く理由~英語は落第、未経験から海外営業への挑戦~


 

アジアでの苦労が、今の自分を創った

中国赴任から1年弱。中国事業の売上の2割弱は僕があげるという状態になっていた頃、蘇州、大連、天津に新拠点を開設することが発表されました。立ち上げに興味があった僕はすぐ手を挙げ、蘇州オフィスの立ち上げ担当者になったんです。


新拠点に、日本人は僕ひとり。営業しながら採用、育成、ルール作りなど整備もしていったここでの経験は、今でもおおいに役に立っています。


その後上海で、「大連・天津・蘇州の企画責任者」「新拠点のエリア開発責任者」「上海の企画責任者」の3役を務めていました。加えて中国という環境の厳しさにも追い打ちをかけられましたが、周囲にも自分自身にも成長感があるからなんとか乗りきれる、そんな日々でしたね。


2012年9月、またもや事件が起きました。中国の活動家が尖閣諸島の領海内に侵入したことに端を発する、中国全土での大規模反日デモです。日系企業をお客様にしていた僕たちの会社にも求職者からの面接キャンセルが相次ぎ、営業成績前年割れという状態に陥りました。この結果、日本ではチャイナリスクを危ぶみ中国以外の投資先を探す企業が相次ぎ、その先にあったのが東南アジアでした。


 


――内藤さんも新天地・東南アジアへ。試練が続きますね!


2013年10月から、ベトナム・ホーチミン拠点の事業再建と、バンコクの新社を設立することがミッションになり、東南アジアへ向かいました。


ホーチミン拠点では赴任2日目に「来月の社員給与が払えないほどキャッシュがない」と告げられ衝撃を受けます。日本本社での整った制度も仕組みも、海外拠点では関係ありません。そこで社内オペレーションや人事制度など大きく変えるという決断をしました。もちろん既存社員からは大きな反発も受けましたが、改革しなければ会社が終わる、と臨んだ一大決心でした。


ただ平日ベトナムで働き、週末は移動という生活が続いていたので、この時期とうとう体を壊したんです。過労とストレス過多で、免疫力が低下していたようで。病床で「自分は何のために働くのか?」といったことを自問自答しました。上司にタイかベトナムの専任を希望しましたが、あえなく帰任する羽目に。着任してたった半年のことです。だいぶ後ろ髪を引かれての悔しい帰任でした。


 


 

アジアが恋しくなった

――日本に帰ってから転職、その後マレーシア拠点立ち上げと大きな変化を経験されていますね。これはどういった経緯から?


2014年4月帰任して、久々の日本での生活が始まりました。4年ぶりの東京勤務には戸惑いばかり。食生活は最高ですが、通勤時の満員電車には辟易しましたし、以前と比べて社内のコンプライアンスが厳しくなっていたのにも驚きました。


当時の僕は海外時代に受けたトップダウン型のマネジメントが自分の中で常態化していました。それを自分のメンバーにもしたら総スカンをくらって。自分のマネジメントスタイルを猛省する、そんな日々の中で学んだのが「組織の成功循環モデル」です。人間関係の質が良ければ社員の思考の質が良くなり、行動の質も上がり、良い結果が生まれる。そして、また人間関係の質が上がる……というサイクルのことです。これは今のReeracoenを率いていく上でとても大切にしている概念ですね。


この頃、ネオキャリアの社長である西澤さんと出会いました。西澤さんと何度かお会いして事業の話などするにつれ、もう一度海外でチャレンジしたいという気持ちが強くなっていったんです。東南アジアから帰任する際の悔しさがずっとくすぶっていましたから。


ただ、当時0歳・3歳の子をもつ父親としてこんなリスクテイクできるのだろうか、と怖くもありました。でも最終的に妻が背中を押してくれて、また海外への再チャレンジを決意します。


 


 

ワクワクが止まらない!再びアジアへ

――転職して、今度はマレーシアへ。


前職では、最後は組織の目標達成という良い形で終わることができてホッとしました。短いながらも学びの多い日本勤務でした。


転職してすぐマレーシアへ。準備段階ですでに内定を出していた社員第一号のジョンさんが、今にも壊れそうな車で空港まで迎えに来てくれました(笑)。そんな一つひとつのできごとに興奮を覚えながら、また海外で再挑戦できることにワクワクしっぱなしでした。


どんどん自社採用を続け、クアラルンプールの2人用貸しオフィスに4人でまず入室。知名度ゼロからの営業は苦戦しましたが、みんなの頑張りで立ち上げから5ヶ月後には受注ベースで単月黒字化、7ヶ月目からは売上も単月黒字となりました。


ここで成功したことで、その後台湾や上海など別拠点も兼務するようになり、現在10の国・地域での事業を担当しています。


 


 

カオスを楽しめるかどうか

――アジアで働くことで、内藤さんが得たことって何だと思いますか?


「非合理を楽しむこと」ですかね。毎日同じ電車に乗って、毎日同じことを繰り返す。そんな合理化もいいけれど、一方で、それに退屈する自分もいた。


先に何が起こるか分からない、そんなカオスが楽しめるのがアジアで働く醍醐味ですね。もちろん日本国内で味わえないわけではありませんが、自分が外国人という立場で暮らす外国ではそういった刺激に出会う可能性も高いわけで。必然的に自分の対応力も上がるから、成長も感じやすいと言えます。


今、僕が担当するアジア諸国で出会う人たちってみんな「未来は明るい」と信じて疑わないんですね。だから物事もポジティブに捉える子が多い。その「ポジティブの渦」に飛び込めば、自分も「やってやろう」という気になりますし、「自分もうかうかしていられない」と健全な危機感も抱くんです。


大好きな言葉「Every experience is a wonderful gift」の通り、起こるすべてのできごとを糧に、前進している充実感があります。


-------------------------------------------


★アジアで活躍したい方の、海外就職・転職ならReeracoen
 https://www.reeracoen.asia/jp


 


【プロフィール】
内藤 兼二(ないとう けんじ)


1982年、東京都 国立市生まれ。立教大学卒業後、株式会社リクルートエージェント(現リクルートキャリア)入社。福岡・東京勤務を経て、リクルート海外法人の駐在員として中国、ベトナム、タイにて勤務。
2015年から現職。Reeracoenマレーシア法人を立ち上げ、現在は10の国と地域の統括として、アジア各国を飛び回る生活を送る。私生活では二児の父。


 

経験した日: 2019年07月22日

Ambassadorのプロフィール


ABROADERS事務局

ABROADERS事務局、公式アカウントです♪ アジアで活躍する方々のインタビュー記事や4コマ漫画など、アジアの面白コンテンツを発信していきます!

ABROADERS事務局さんが書いたノート


アジア に関するノート