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持って生まれたものを活かして、インドネシアと日本の架け橋に〜OMIYAGE Inc. Indonesia CEO バスメレ河野力樹さん

Posted on 2017年10月04日
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1、インドネシアに必要なのは、「伝える力」

ー2015年2月にOMIYAGE Inc. Indonesiaという会社を立ち上げられましたが、元々起業したいという思いがあったのでしょうか?

 

私の父が会社を経営しているので、幼い頃から自分で何かを創りだすことをイメージしやすい環境でした。また、インドネシアは日本に比べると足りない部分がたくさんあるので、ビジネスチャンスも多く、起業も当たり前です。

私はインドネシアと日本のハーフなので、両方の感覚を活かして何かしたいという思いもずっと持っていました。そこで思いついたのは、島国であるインドネシアには空港が多いので、空港に小売店を作るという事業。空港で商品を販売すれば、それぞれの島に来る人の傾向や好みのデータを集められるので一石二鳥だと思ったのです。

土地毎にある地産地消の良いものを提供したかったので、おみやげさんをするつもりでした。すぐに私の第二の出身地であるスラバヤの空港に提案したのですが、空港は利権が強く、新規参入が難しくて断念。

そこで、空港が無理だったら各都市でおみやげを作って販売しようと思い、色んな方に会うたびに話していたところ、日本の大手おみやげ企業の方を紹介していただけたのです。

現在その企業とパートナーシップを組み、お菓子の製造と小売りをメインに事業を行っています。

 

ーなぜ、数あるおみやげのなかからお菓子を選ばれたのでしょうか?

 

インドネシアに来た人に、「食べ物のおみやげがない」と言われたことがきっかけです。島国であるインドネシアには土地毎に豊かな文化があり、おみやげになるような雑貨や布もあります。

でも、食べ物の場合、日本のように購買者の気持ちに沿った売り方がされていないのです。たとえば日本ではお菓子は配りやすいように小分けにされていますが、インドネシアでは大きな袋でしか売っていなかったりする。

私はインドネシアで育ったので、この国の美味しい食べ物をたくさん知っています。魅力的なものは十分あるので、それをうまく発信していきたい。

インドネシアにある伝統的なお菓子を発掘・リブランディングしたり、日本のお菓子をインドネシアで製造販売することもやっていきます。

 

ー今後のインドネシアが発展するために必要なことは、コンテンツの魅力だけではなく、“伝える力”なのですね

 

そうです。特に、インドネシアで影響力のある人間が伝えていくことで、大きなムーブメントを作れると思います。だから、大事なのはそういう人たちに興味を持ってもらえるような、高いクオリティのものを作ること。

インドネシア人の愛国心は日本人よりも強いと思うのですが、たまに盲目的に感じることがあります。たとえば、「インドネシアのことを愛している」と言いながら、買っているものの99%が外国産だったりする。富裕層だと、なおさら外国製のものを購入する傾向があったりします。

だから、本当に良いインドネシアのものを作り、影響力のあるインドネシアの人たちと組んで国内外に発信していくことも、今後の事業を通してやっていきたいことですね。

 

2、自分が生まれ持ったものを活かせる場所が、インドネシアだった

 

ー今までに、日本、インドネシア、シンガポール、オーストラリアとさまざまな国に住まれていますが、オーストラリアの大学卒業後、なぜインドネシアでの起業を選ばれたのですか?

 

日本人とインドネシア人というふたつのアイデンティティを最高に活かせる環境で働きたいと思ったからです。それを考えた時、必然的にインドネシアに戻るという選択肢をとることになりました。

私が自分のアイデンティティーに目覚めたきっかけは、2011年の東日本大震災それまでは、自分のことをインドネシア人だとか日本人だとか意識したことがありませんでした。でも、地震が起こった直後、学内の起業家コミュニティーによるチャリティープロジェクトが立ち上がり、あっという間に250万円が集まったんです。

その様子を見ながら、自分も日本のために何かしたい、彼らのようにムーブメントを起こせる存在になりたいと強く思うように。そこからは、自分がハーフであることを活かして何かしようと考え始めました。 

また、現在私の父は祖父が創設した会社を経営しています。いつか私が引き継ぐのですが、そのこともインドネシアで働く大きな理由のひとつです。

代々続いているビジネスのネットワークがすでにあって、それを活かせる立場にいること。普通だったらネットワークをゼロから見つけるところを、1000から始められる土台がある。

幼い頃は、生まれてきた瞬間に自分の人生のレールが敷かれているなんて嫌でした。でも、活かせるものも多いということに気づいたら、段々楽しくなってきたんです。もちろんプレッシャーもありますが、その立場があるからこそ経験出来ることもある。

だから、日本に行くのもオーストラリアに残るものやめて、インドネシアで自分の持っているものを活かして生きることを決めました。

 

3、海外に出ない日本人は、鎖国精神で突き抜けて欲しい

 

ーご自身がハーフであることを活かした人生を歩まれようとしているのですね

 

でも、海外にはハーフという概念がそもそもあまりないんですよ。こんなに単一民族なのは日本と韓国くらいではないでしょうか。

半分インドネシア人である私からすると、逆に日本人であるということは非常に価値があること。この肩書きだけで、活かせることは無限にあります。

日本のパスポートがあれば大抵の国へ行けるし、教育の質が高いので人材の質も高い。それにも関わらず、日本人の4分の1しかパスポートを持っていない状況なのです。これだけ良いパスポートを持っているのになぜ? と外国人は思っていますよ。

もちろんシンガポールやニューヨークのように世界中から優秀な人が集まるような場所に行ったら厳しいかもしれませんが、別にそこで勝負する必要はない。

自分が持っているものを活かす場所が絶対どこかにあるのに、海外に出たいと思っていて出ないのは勿体ないと感じますね。たとえるならば、日本人は井の中の蛙ではなく、「井の中のハイパー蛙」だと僕は思っています。

 

ー日本人は、もっと海外に出るべきだと思いますか?

 

出たくない人は、出なくていいと思います。日本人の、「海外に出ない」という鎖国精神も大好きなんです。出ない人はその方向性で突き抜けて欲しい。だって、そういう人たちもいないと日本の良さがなくなってしまうじゃないですか。

世界基準にそぐわないものが日本でのみ流行っていたり、日本人にしかわからないようなハイコンテクストのやり取りがされているから面白い。

それがあってこその日本の文化なので、なくさないで欲しいですね。

 

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ー今後ご自身は、どんな存在を目指されているのか教えて下さい

 

目指すのは、日本では「インドネシアと言えばリッキー」、インドネシアでは「日本と言えばリッキー」という、架け橋のような存在です。

その達成に一番近い場所が、世界の中でインドネシアだったので、この場所で働くことを選びました。

私は、これから経済成長が期待されているインドネシアという国のハーフとして生まれました。

今の時代にこの立場であるということは、とても運が良いこと。だから、自分に与えられたこの環境を精一杯活かしていきたいですね。

 

バスメレ河野 力樹

Omiyage inc Indonesia CEO

1989年生まれ。高校は早稲田渋谷シンガポール校、大学は豪州ニューサウスウェールズ大学、国際ビジネス専攻卒。過去の在住歴は日本9年、インドネシア9年、シンガポール3年、豪州5年。大学卒業後インドネシアにて日本とインドネシアの架け橋になる べく活動中。2015年にお土産・ギフト向けの食品製造事業を立ち上げる。

サイト:www.dorebyletao.com

 

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Ambassadorのプロフィール


濱田真里

海外で働く日本人に特化した取材・インタビューサイトの運営を2011年から続けている。その経験から、もっと若い人たちに海外に興味を持って一歩を踏み出してもらうためには、現地のワクワクする情報が必要だ!と感じて『ABROADERS』を立ち上げる。好きな国はマレーシアとカンボジア。

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