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まるでアイドル!お坊様のお誕生日会へ মহান গুরু ভান্তের জন্মোৎসব【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2018年02月14日
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1月は日本に一時帰国をしていましたが、2月に入ってバングラデシュへまた戻ってまいりました。いつも以上にカバンが重かったのも、今年いちばんに取り組んでみたい夢のプロジェクトを運んできたからです。


今回書くお話は、今から少し時間をさかのぼったものになりますが、これからは新プロジェクトについても徐々に伝えていけたらいいなと思っています。もちろん、バングラデシュ、チッタゴン丘陵地帯、少数民族、映画といった私の大切なキーワードに変わりはありません!


 


昨年末、「コジョイ パニ」(過去記事リンク)でランガマティ県を訪れた際、実は久しぶりの「はしご」をしました。お隣バンドルボン県へのはしごです。どちらもチッタゴン丘陵地帯、つまり外国人入域制限地域のため、外国人の私にとってまとめての入域は至難の業なのです……。


ニ県をはしごするのはこれが約2年半ぶり。はしごをしばらく遠慮していた理由、それは以前のトラウマが原因です。当時、情勢がまた一段と悪かったのか、ただ単に私の運が悪かったのかは分かりませんが、バスで県を越えるのに(東京-山梨間ほどの距離です)、なんと6回も、外国人チェックのためにバスが止められた苦い経験があるのです! そのため同乗していた現地の人たちまで、私のせいで足止めをくらってしまい……。みんな、「いいよいいよ~」と優しく言ってはくれたものの、私は本当に申し訳ない気持ちに苛まれました。


その後、さらに一県ずつでさえ入域許可が下りづらい時期もありました。だからニ県はしごなんて、私にとっては夢過ぎるプラン! それを昨年末、久々に叶えることができ、しかも道中たった1回のチェックで済んだのです。


ロヒンギャ難民の問題(過去記事リンク)が起きてからというもの、その前後の時期から少数民族当人たちでさえ道中ナショナルIDの提示をポリスに求められるようになったと聞くこの頃……。この地域を自由に、当たり前のように行き来できることは、私や少数民族たちの理想です。


 


 

My マルマ タミ

数ヶ月前にバンドルボンへ行った際、マルマ民族の衣装 マルマ タミ(中でもちょっと良いもの、よそ行き用)が欲しくて、現地で生地を選び、マルマの友人のお母さんがデザインして作ってくれるということで、預けてきました。それが「でき上がったから早くおいで」との連絡を受け、また12月にちょうどお祭があることも知り、バンドルボンへ足を延ばしてきました。


メイド イン ミャンマーの特別な布で、マルマのお母さんがデザインしてくれた My マルマ タミです! 本来タミ(写真右下)は一枚の布を巻くように着るのですが、お母さんはチャックのあるスカート風に仕立ててくれました。


 


 

マルマ民族/仏教徒のアチャリヤ プジャ(お祈り)

あ、マルマ タミがきちんと見えない……(汗)


マルマ民族(仏教徒)のアチャリヤ プジャという参拝行事に、バングラでも特に肌寒い冬の早朝に行ってきました。出かけに家の前で記念撮影って、家族みたいだな……。写真真ん中が私にとってマルマのお母さん、右が友人です。


各自お気に入りのマルマ タミを纏い、寺院参拝。お昼からはもうひとつ別の場所に参拝に行くとのことで、せっかく作ったマルマ タミも今回の出番は朝の短いあいだで終わってしまいました。


 


 

お揃いの衣装でプジャ

家でひと休みした後、お昼からはなんと衣装替えをして、またプジャ(お祈り)へ! 写真のようなお揃いのマルマ タミになって、バンドルボンの町を一列になって行進し、とある会場へと向かいました。


このお揃いのタミ、実はみんな、この日のために家や仕立て屋で作ります。私は実は、そもそも他の祭の噂を聞いてバンドルボンへ来ていたのですが(ラジュ プンニャというマルマ王の祭があると聞いて、行ってみたらそれは夜店と市場で、個人的にはまぁまぁかなと…)、このプジャを見たいと前日になって友人にお願いしたら、マルマのお母さんが即座にミシンで似た感じのタミを作ってくれたのです! 写真で私が着ているのがそれですね。お揃いにする色は毎年変わるそうなので、それで毎年作るというのもあるようです。


 


 

花びらを撒きながら

とある会場へ向かいます……。


 


 

有名なバンテ(お坊様)のお誕生日会

私たちが向かった先、それはバンテのお誕生日会会場でした!


マルマ民族の人々は、マルマで特に高徳で、周囲から慕われているウパンニャ ジョタ テラというお坊さんのお誕生会とプジャを、毎年12月22日に一緒に行うそうです。町の行列や会場の写真から、たくさんの人が集っていることが分かっていただけると思います。それにシャツ、冠、バッチ等々のバンテグッズも、バンテの人気度が伺えますね……まさにアイドルのよう!


 


 

お誕生日会プログラムは、どんな感じ?

わくわくしながら参加したプジャのお誕生日会の内容は……長時間に渡るウパンニャ ジョタ テラの説教(叱る意味ではなく、楽しく話をするお説教のこと)と、「サドゥ、サドゥ、サドゥ」というお唱えの連呼、他ゲストの挨拶、ケーキ入刀、カルチャーダンスショー、長蛇に並んでのお賽銭……と、延べ約6時間でした。


正直に言うと、みんな疲れ果てているようでしたが、途中で抜けて帰る人はいませんでした。それもみんな、しっかり奉ることで、バンテが自身を守ってくれると心から信じているため。そんな象徴であるバンテに、これからも健康に歳を重ねてほしいものです。


ちなみにケーキは、お坊様が夜は食事をしない決まりに従い、その日には誰も食べることができませんでした。


 


 

お守り

きちんと参加した者の証として、私は特別にバンテバッチをいただきました。「肌身離さずに持って、見えるところにつけていれば守られるよ!」とのこと。……それは、日本へ一時帰国を直前にしていた私には、なかなか迷える決断でしたが……鞄には入れて持ち歩いています!(笑)


そして実際にご加護があったのかどうかは謎ですが、この日、バッチをつけたままの道中でちょっと良いことが起きたのでした☆ サドゥ、サドゥ、サドゥ……


 

経験した日: 2018年02月16日

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Ambassadorのプロフィール


NatsumiD

1985年、宮城県女川町生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリー制作のためバングラデシュを訪れる。卒業後、Documentary Japanに務める。2014年、学生時代作品への心残りや日本よりも居心地の良さを感じていたバングラデシュに暮らし始めることにし、作品テーマや自分の役目(仕事)を再び探すことに…その中で出会ったこの国の少数民族に魅力とシンパシーを感じて、彼らと共に生活していきたいと思う。ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』(国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞および青年海外協力隊50周年賞受賞→ http://youtu.be/BlxiN2zYmjE)、カメラ教室、クラウドファンディングや写真集『A window of Jumma』の制作などを行ってきたが、この地で映像作品制作を続け、この先は映画上映会(配給)や映画祭などの企画にも挑戦していきたいという夢を抱いている。

NatsumiDさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート