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バングラデシュのお正月! 花と水の新年祭 হয়তবা এই হিল চাদিগাং ছিল আমার পূর্ব জন্মের জন্মস্থান【突撃!隣の彼女の海外ライフ】

Posted on 2018年05月28日
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今年もまた、バングラデシュで4月のお正月を、ここチッタゴン丘陵地帯で迎えました。「この先、この月に、ここにいないことなんてあるのかな?」と思うくらい、私にとって欠かせないイベントになっています。


友人が言いました。「前世って信じる? 夏美はきっと、ここの人だったんだよ。だから何度もここに来るの」と……。その言葉が、とても嬉しかったのです。


ABROADERSで記事執筆も開始からちょうど一年となり、お正月行事の「ビジュ」と「サングライ」について書くのも2回目となりました。去年とはまた、環境や気持ちが少し違った今年のそれを、お伝えします。


 


 

花を水辺に流す フル・ビジュ

ベンガル歴の新年は4月14日。
バングラデシュの首都 ダッカにあるダッカ大学芸術学部付近では、当日、大きな山車を引くようなパレードがあると聞きます。というのも、私はこの国に暮らし始めて以来4年間ずっと、この時期にはチッタゴン丘陵地帯にいたので、ダッカの、またベンガル人スタイルのお正月の迎え方をよく知りません。


ただ、少数民族の友人たちが、「お正月休みをきちんと(一週間ほど)取りたい!」と嘆いていたり、その想いを映像作品にまでしているのを目にすると、ベンガル人と少数民族とでは、この行事の迎え方や気持ちの高まりに違いがあるようだと感じています。


 


チッタゴン丘陵地帯の少数民族の人々は、お正月行事は、最低でも一週間も盛大に祝うのです。


4月12日(お正月の前々日)。私たちは「フル・ビジュ」という行事を行います。一年間の悪かったことを洗い流し、新年をより良く迎えられるようにと、花を水辺で送り流すのです。


 


 

フル・ビジュの花、どこからどこへ?

4月11日(フル・ビジュのさらに前日)には、フル・ビジュで使うための花を、夜中のうちに道から摘んで来るという行事があります。昨年の記事でも少し紹介しましたが、それは夜中に「盗むように」行うのが醍醐味で、だいたい子どもたちの役目となっています。


■過去記事:私の定番お正月、ビジュとサングライ(リンク) 


 


今年のビジュで体験4年目となる私は、この行事を初めて同世代の女友達と過ごしました。彼女たちがちょうど結婚したてぐらいの世代なので、「お嫁さんとして迎えるビジュ」 といった過ごし方を一緒にしました。ただ家々を回りビジュをご馳走になって、歌って呑んだくれ、イベントを楽しんで……というだけではなく、朝から花飾りを作り、家に飾り付けをして、掃除や料理をして……といった、ビジュを迎える準備です。


午後、ようやく自由になって、私と友人はカプタイ湖の畔で、誰もいない静かなフル・ビジュを行ったのでした(大勢人がいる上の写真は、定番のフル・ビジュ スポットで早朝に行われるもの)。


 


 

地酒・ジョゴラ♡

新年前の下ごしらえはまだまだ続き……。こちらは私の大好きな地酒「ジョゴラ」の準備です! 私が愛猫の名前にしているほど。


餅米を発酵させて造る伝統の地酒ジョゴラ。主にお正月にだけ造られ、なんとこの時は子どもたちも呑んでも良しという風習になっています。友人のお母さんが「夏美のために造ってるから来なさい!」と前々から言ってくれていて、楽しみに待っていました。


 


 

いよいよビジュ当日

4月13日。ベンガル歴で新年を迎える前日に、少数民族チャクマの人たちは「ビジュ」を迎えます。


私の友人は、朝から旦那さんの実家のビジュ支度をこなし、私たちはお昼から、伝統ドレスのピノン・ハディを纏い、よその家のビジュを食べに出かけました。


そう、ビジュはお祭りの名前なのですが、こちらの人たちは「ビジュを食べる」という言い方をします。ビジュには、定番料理のパジョントン(20〜30種の野菜の煮物)とビリヤニ(豆料理)、そしてこの時に旬を迎えるスイカなどが各家庭で準備されていて、私たちはそれをどこの家でもほんの少しずつ食べ、次の家へと巡って行くのです。


ちなみに「ビリヤニ」は、バングラデシュで有名な肉の炊き込みごはんですが、少数民族の人々はこの豆料理のことを同じ名前で呼んでいます。


 

ビジュ!ビジュ!ビジュ!

4月14日。ベンガル歴の新年も、私たちはビジュを食べ続けます。


この後ダッカの街へ戻ってからも、街で暮らすチャクマの友人宅からビジュの招待は続き、4月はず~っとビジュの空気。みんなビジュを愛しています。ちなみに私のもう一匹の愛猫の名前もビジュです。


 


 

マルマ民族の新年祭へ

14日。次はマルマ民族のお正月行事が始まるため、マルマの友人に呼ばれ、お隣バンドルボン県へ向かいました。


お昼から少しずつ行事は始まっていましたが、私は夜に着いたので、夜の参拝行事から参加しました。


 


 

水掛祭 サングライ・マー! 町(モダン)編

そして今年も……大好きな大好きな、マルマ民族の水掛祭「サングライ」!


今年初めて、バンドルボンの町で体験したのですが、この写真のような水掛けは、実はちょっとモダンスタイルです(お隣の国、ミャンマーではもうこんな感じらしいですね!)。


気持ちの準備もできないうちから、ただの通行時でさえ、出会い頭に子どもたちから、バケツや背中のタンク式水鉄砲で容赦なく水を掛けられます。子どもたちの手から虹が出ている……。そしてやる気が整ったら、こうしてトラックに乗り込み山のほうへ……そこそこのスピードで走るのですが、道で待ち構える水掛け隊やすれ違うトラック隊との水掛け合戦となるのです!!


3日間続く水掛け期間中は、「スペシャルバッグ」(ビニールバッグをそう呼んでいる)と「マルマ・タミ(伝統ドレス)でオシャレしたのに濡れる覚悟」のふたつが必須です!!


 


 

水掛祭 サングライ・マー! 村(トラディショナル)編

こちらの写真のように、男女が向かい合って水掛けするトラディショナルスタイル。約2分のマルマ・ソングが流れる間中、手を止めずに対面相手と水掛け合戦をし続けます。


元々は、これを夫婦になる者同士が儀式として行ったり、またはそういう関係に至るように男女で行うお見合いスタイルだったのだとか。この方式で過去2回、祭に参戦した私から言うと、それはまさに大正解な方法かと思います(笑)。実際、ちょっと相手を意識するし、相手に「来年も君に水掛けるから!」と言われた時には少しキュンとしました。


どちらのサングライにしても、「心が改められる」と私が全身でこんなにも思う祭は、日本でもそうそうありません。地元青森のねぶた祭りも私にとって大切なものですが、サングライはそれ以上じゃないかな。やっぱり友人の言う通り、私の前世はここの人だったのかもしれません。


 


 

経験した日: 2018年05月25日

Ambassadorのプロフィール


NatsumiA

1985年生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリーの課題制作がきっかけでバングラデシュを訪れる。卒業後、映像制作会社の勤務を経て、2014年より単身でバングラデシュに暮らし始める。主な活動地は、チッタゴン丘陵地帯や国境沿いの地域で、少数民族と深く関わり、写真・映像制作を行っている(ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』【国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞 および 青年海外協力隊50周年賞受賞】、写真集『A window of Jumma』【クラウドファンディング】など)。現在は、ロヒンギャ難民キャンプにも活動を広げ、ChotoBela works という現地ボランティア団体を立ち上げ、バングラデシュの子どもたちの "子ども時代 / チョトベラ" を豊かに彩ることを目標に、移動映画館(World Theater Project バングラデシュ支部代表)、アートクラス、カメラ教室、スポーツデイなどを開く。また、バンドルボン県で、クミ族とムロ族の子どもたちが寄宿するキニティウという学校をサポートしている。

NatsumiAさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート