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世界観を変える経験のススメ!〜陸路でアジアの国境を越えることで見えてくるもの〜
シンチャオ! 長期にわたる雨季をようやく終え、カラッとした日々が続くホーチミンで私は毎日朝から晩まで汗を流しています。暑いところが苦手だった私は、知らぬ間にこの気候に慣れてしまい、今月下旬に極寒の日本に一時帰国するのを若干ビクビクしております。
今までに私が陸路で国境を越えた3つのルート
さて、タイトルの通り今回は陸路で旅した時に感じたことを述べます。
現在私はベトナムにいるわけですが、かれこれ陸路で3回中国とカンボジアへ入国しました。
1回目はハノイからバイクで片道6時間(Googleマップでは3時間弱のはずでした)掛けて中国広西チワン族自治区に入り、
2回目はベトナムのサパに旅行した際に、中国雲南省に入り、
3回目はバスを使ってホーチミンからカンボジアのプノンペンに行きました。
以下がそのときのルートです。
ハノイー中国広西チワン族自治区ルート

ハノイ-中国雲南省ルート

ホーチミン-カンボジアプノンペン市ルート

いずれも週末を使えば簡単に国境越えができるルートです。
それぞれの旅行でかかった費用を概算ですが記載しますので参考にしてください。
●ハノイ-中国広西チワン族自治区(1泊2日) 5000円程度
●ハノイ-中国雲南省(1泊2日) 7000円程度
●ホーチミン-カンボジアプノンペン(1泊2日) 13000円程度
陸路でアジアの国境を越えることで見えてくるもの
陸路で国境を越える瞬間は、隣国との国境線とは曖昧で、人間が勝手に決めたものだなと感じます。
なんせ、中国やカンボジアの国境を越えたとしても一定の距離まではベトナムのインターネット回線が使えますし、
そもそも国境付近の文化は隣国と似通っているからです。
中国の国境を越えたとしても、多数のベトナム人はそこで働いています。
カンボジアもしかり、やはり多数のベトナム人がカンボジアにいました。

上記の写真はベトナムと中国の国境ですが、川を越えた先に中国があるだけで、何の変化も感じません。
日本では陸路で国境越えをすることはできないため、飛行機か船で移動し、
到着した瞬間から異世界を感じることができますが、陸路だとその世界を感じることはほとんどできませんでした。
しかし、日本から海外旅行することとベトナムから海外旅行することを比較した場合、ベトナムの方がどこの国に行くのも近くて気軽です。
日本でLCCがメジャーとなりつつありますが、時間的制約があったり、日によっては値段が高かったりするので慎重に準備をしなければなりません。
一方、ベトナムにいるときは「あ! 明日中国に行ってこよう」と決めて24時間後には出発していたり、「週末暇だから国境越えてこよう」と非常に軽いノリで旅行したりすることが可能です。
もしかすると、関西の人が四国に行く感覚、関東の人が東北に行く感覚と似ているかもしれません。
日本にいたら感じることができない世界
ちなみに、ベトナムとカンボジアの国境は朝6時にオープンされるため、早くから集まる人々が以下の写真のようにいっぱいいます。

それだけ誰もが簡単に隣国へ気軽に入国することができるのです。
もちろん移動費は日本から飛行機で行くより安価です。
ベトナムをはじめとした東南アジアに身を置くということは隣国へ旅行しやすいメリットがあります。
だからこそ、留学やインターンシップ、海外就職をするならベトナムなどの東南アジアが非常にオススメです。
何より、旅を通じてフラットな世界の可能性を感じました。
国境を越える時には、国境線なんてあってないものだという印象を受けます。
これは、日本にいた時には感じなかった印象です。
ともすれば、国をまたいだ移動が当たり前の世界を創り出すことができるのではと感じます。
こんなにふらっと隣の国に移動できるのです。
私は国、人種、性別、宗教など関係なく、好きにいろんな国に移動(留学、旅行、就職含む)できる世界を創りたいとずっと考えています。
そのためには、他の国に飛び込む行動力と受け入れる側の受容力が必要です。
東南アジアの人たちは外に出ることと外から来た人を受け入れるメンタル及び他の国へ飛び込む行動力を持っているかもしれません。
一方、日本は移動に関するハード面が揃っていますが、ソフト面において物足りないところを感じてしまいます。
もっと気軽に世界をフラットに見られたらいいのにと思います。
このように、国境を越える旅を通じてさまざまことに気づくはず!
世界に対する見方が変わる経験になるかもしれません。ぜひ、アジアに行くときは陸路の旅をしてみることをおすすめします。
ライター
吉川 真人/Makoto Yoshikawa
同志社大学卒業。17歳の時に3年間一言も話さなかった父親と死別し、




















by Nnn