ABROADERS

  • HOME
  • どこに行ってもチャレンジャーであり続けたい〜ミャンマーで新卒就職・独立をした山浦康寛さん〜

どこに行ってもチャレンジャーであり続けたい〜ミャンマーで新卒就職・独立をした山浦康寛さん〜

Posted on 2017年04月07日
0
4699

 


成長著しいミャンマーにて、シェアハウス事業と家庭教師派遣事業を行うFINALsec Co.,Ltd.。この立ち上げを行ったのは、新卒でミャンマーに飛び込んだ山浦康寛さん。事業立ち上げ1年後には独立をされ、「日本とミャンマーの架け橋」となるべく奮闘されています。


どのような想いを持って現地で働かれているのでしょうか。また、今後の山浦さんのキャリアプランとは? 日本と自分の未来を見据えながら行動し続ける、彼のストーリーをお届けします。

日本で働いた経験がないことが、逆にプラスになった

——どのような流れでミャンマーにて働かれることになったのか教えて下さい。


山浦:理系の大学院を卒業後すぐにミャンマーへ現地法人立ち上げの責任者として渡り、今年で2年目です。学生時代に半年間インターンをしていたエグゼクティブサーチファームの会社に就職したのですが、インターン時からミャンマーの事業に携わっていたこともあり、入社後すぐに現地で働くお話をいただきました。


当時は遅かれ早かれ起業してみたい、自分もいつかは海外で挑戦したいという目標を持っていました。大学院の時にカナダに1年間留学して、日本ではあまり感じられなかったハングリー精神や多様な価値観に触れたことで、広い世界に対する憧れがあったからです。


そのためベンチャー企業で数年働いてから海外に拠点を移そうかと考えていたのですが、せっかくチャンスをいただいたのだから、今始めてみようと考え、ミャンマー行きを即決しました。現在はミャンマー現地法人での事業に加えて、2015年7月から家庭教師ビジネスも行っており、試行錯誤の日々を送っています。


——今振り返ってみて、日本で数年間勤務してからミャンマーに来れば良かったと思うことはありますか?


山浦:日本で働いてから来れば良かったと後悔したことはないです。考え方次第ですが、個人的には日本の働き方を知らずに海外に来たことはプラス要素のひとつだと感じています。


日本のクオリティや基準を知っていると先入観やこだわりを持ってしまい、現地の文化や慣習に順応することが難しい。私は日本の経験から学んだことを考え方のベースとして持っていなかったからこそ、ミャンマーやミャンマー人スタッフに日本人と同じ働き方や姿勢を求めなかったのだと思います。


自分の常識を押し付けることなく、この国の人たちと寄り添いながらビジネスを進めていくことを心がけています。ただ、私は対日本人向けのビジネスをしているので、日本独自のビジネス文化で押さえるべき部分は押さえつつ、現地のルールも踏まえて臨機応変に対応するようにしています。

自分で決断して行動しているから、苦しくない

——事業の立ち上げをイチからご自身でされていて、大変なことも多そうですね。 


山浦:そうですね。上司もおらず、自分で学ぶことが求められる環境なので、大変だと感じることはもちろんあります。でも、それを苦しいと思ったことはないですね。


おそらく、他の人に言われてやっているのではなく、自分が描いた事業プランを実現させるために「自分で決断して行動している」からだと思います。私はとても負けず嫌いなので、「これはいけるだろう」と思ったことに対しては、結果を出して証明したいんです。


3人兄弟なのですが、姉は教師、弟は大手企業の社員として働いているので、両親からは「お前が一番自由奔放でわがままだ」と言われています(笑)。でも、父親は会社経営をしているので、そんな姿に少なからず影響を受けているのかもしれません。 


——現在の事業課題は何でしょうか?


山浦:私がいなくても事業を回せる段階にまで成長させることが直近の課題です。弊社の事業のメインターゲットは日本人なのですが、業務をサポートする人材として日本人を雇うべきなのか、それとも日本語が堪能なミャンマー人に任せるかの見極めが、とても難しいです。


たとえ語学ができたとしても、日本人と同じような感覚も持っているとは限りません。コミュニケーションにおいて感覚的な部分も汲み取れるかは、非常に重要だと考えています。遠隔地から日本人がサポートすることも選択肢のひとつだとは思いますが、将来的には私がここに住んでいなくてもいい状況を創りたいですね。

理想は大きく、チャレンジャーであり続けたい

——ということは、今後ミャンマーから拠点を移すこともお考えでしょうか。


山浦:ミャンマーとは関わり続けますが、2年以内には他の国に移りたいと思っています。今後もアジアを拠点に事業を展開するとしても、優秀な方とのビジネスの場では英語が不可欠です。


語学ができずにチャンスを逃す場合があることを、ミャンマーで実感したので、アメリカなどの英語圏でビジネス英語を学びながら挑戦したいですね。私が将来やりたいことは、自分が海外で立ち上げをした経験を活かして、世界に進出する日本企業の立ち上げを長期的なスパンから応援すること。


今後日本の市場は縮小していく一方なので、海外に目を向けざるを得ません。そうなってくると海外進出も増えるでしょうが、海外で事業を立ち上げるには知識や人脈など、たくさんのものが必要です。そうなった時にお手伝いができるよう、今は実体験を積んでいきたいですね。


こう考えるようになったのは、前社であるBNGパートナーズ(馬鹿が日本を元気にする)で影響を受けた部分が多いです。たちの中で馬鹿」とは誉め言葉で、周りから冷ややかな目で見られようと、自分の志を達成するために挑戦し続けることを指しています。


実は、私が家庭教師事業を始めようとした時、「その事業は絶対に伸びないよ」という意見をいただくこともありました。でも、結果として順調に成長しています。新しいことを始める時、人からバカにされることがあるかもしれませんが、自分の理想を信じてやり続けていたら、いつか成功するかもしれない。だから、理想は大きく描き、自分の想いを貫き続けるチャレンジャーでありたいですね。


【プロフィール】


山浦 康寛Tomohiro Yamaura


FINALsec Co.,Ltd.代表取締役社長


群馬大学大学院工学部卒業後、院生時代にインターンをしていたベンチャー企業に就職。新卒で海外事業責任者となり、ミャンマーにてシェアハウス事業、家庭教師事業等を展開。1年で事業化させ、2015年に事業買収しFINALsec Co., Ltd.を設立し独立。現在は、上記の事業に加え、ミャンマー語検定、新卒に特化したリクルートメント事業を展開。


URL http://www.finalsec.com/


ミャンマー語家庭教師:http://www.jp.burmese-tutor.com/


ミャンマー語検定:http://www.jp.mlt-myanmar.com/

経験した日: 2016年10月04日

Ambassadorのプロフィール


濱田真里

海外で働く日本人に特化した取材・インタビューサイトの運営を2011年から続けている。その経験から、もっと若い人たちに海外に興味を持って一歩を踏み出してもらうためには、現地のワクワクする情報が必要だ!と感じて『ABROADERS』を立ち上げる。好きな国はマレーシアとカンボジア。

濱田真里さんが書いたノート


ミャンマー に関するノート