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インドネシアでアメーバ赤痢に!赤裸々に語ります、トホホな現地医療事情

Posted on 2017年10月31日
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インドネシアに来て約4年。この夏(といってもいつも夏ですが)、こちらに来てから2度目のアメーバ赤痢にかかってしまいました。しかも今回は入院まで。


いつどこでアメーバ菌をもらったのかは分かりません。急に寒気がして、下痢が止まらなくなり、40℃近い高熱が一晩続きました。脱水症状にもなりはじめ、翌朝一番で病院へ。ちょうどレバラン休暇(イスラムのお正月)明けで、お店もオフィスも通常営業していない時でした(こちらの病院は、通常8:00~17:00のところが多いです)。


以前アメーバ赤痢にかかった時は、日本人医師の方に診察をしてもらったのですが、ここ数年で外国人医師がビザを取れなくなり、医師はすべてインドネシア人に変わりました。残念ですね……。


 


 

ジャカルタの日本人向けおすすめクリニック

今回私が入院した病院のロビー。ショッピングモールのよう


 


あくまで私感ですが、私がおすすめする病院は下記です。


・Jクリニック


ポンドックインダ病院内6階。日本人専用のクリニックで、日本人看護師もいらっしゃいます。総合病院内なので、緊急にも対応可。皮膚科もあり


 


・共愛メディカルクリニック


JJC(ジャカルタジャパンクラブ)公認のクリニックです。健康診断などでおなじみ。日本人の受付の方がいらっしゃいます


 


・タケノコ診療所


24時間開いているので「でどうしても」という時に行きます。「点滴だけでも!」という時はココですね


 


他にもクリニックは色々とありますが、私は行ったことがないのでレポート対象外です。


 


 

実録……!インドネシアでの入院体験

ある日の食事、2日ぶん


 


今回、私の症状がわりと重かったため、上述のJクリニックで診てもらいました。血液検査、便検査、尿検査などをして、点滴を打って待つこと2時間。日本語が堪能なインドネシア人医師より「アメーバ赤痢です。お薬を1週間ぶん出しますので、じぇーんぶ飲んでください」と帰されました。とりあえず、3日間は安静に。


 


家でおとなしく過ごしていたのですが、お薬を飲んで4日目……薬の副作用で、頭痛とじんましん、全身にかゆみが出始めて、再度、病院にかかりました。薬疹が出たのは、薬が合わなかったからではないかと。「お薬出すのが怖いです」「入院しましょう」とインドネシア人医師に言われ、車いすに乗せられてそのまま入院病棟へ入りました。


 


日本人が入院となった場合、患者にはたいてい個室が与えられます(この記事冒頭の写真)。TVではNHKが見られるし、歯ブラシやタオルなどのアメニティもついていて、ホテルと変わりません。コンセント穴は昔の面影があり、オランダ仕様のBFタイプで、部屋で使えるのはせいぜい1ヶ所くらいでした。


 


こちらの医者はあまり給料が高くないらしく、3つの病院を掛けもちしている方が多いのだそうです。私の担当医師も、平日は他の病院をまわっていたのか、突然夜中2時に病室にやってきて、「調子どうですか」と聞いてきました。すっかり熟睡中だった私はうつろに返事し、何を話したのかあまり覚えていません。薬アレルギーだったので、一時薬の投与がストップされたのですが、「next coba ini ya…(次はこれを試しましょう)」と言われ、「え、coba?チョバ?(試す?)」と、びっくりしました。症状をしっかり調べずに、「これかな?」と薬を与えている印象でした。


それで3日目くらいから怖くなって、「いつ退院できる?」と何度も尋ねるようにしました。看護師さんにも指摘されましたが、患者から退院を願わない限り、この国はいつまでも入院させられることがあるそうです。病院も営利ですね。


 


4日経って、晴れて退院となりました。入院期間は1日4本の水に、朝・昼・夜と食事が選べ、さらに1日2回おやつが来ます。ルームクリーニングは1日2回。面会は24時間可能。至れり尽くせりで、持ち帰る荷物も大量。キャッシュレスで会計はなく、そのままあっさり帰宅となりました。


 


 

日本の医療のありがたみを実感!

おやつが10時と15時の一日二度、出てくる


 


もし海外渡航先で入院となったら、クレジットカードに保険付帯があれば、渡航してから60日以内であればキッシュレス対応になる場合が多いです(日数や航空券購入に使用したとか、要確認です)。私は、会社で加入した「三井住友海上海外旅行保険」を使い、キャッシュレス対応で済みました。


 


そして、退院からわずか1週間後。今度は整腸剤で薬疹となり、再度入院するはめに。今回もしっかり検査せずにステロイドを投与。「早く病院から出してくれ」と言い続け、3日目に退院。


入院になると、担当がクリニックの日本語の話せる医師から、総合病院付きの英語・インドネシア語を話すインドネシア人医師に、バトンが渡されます。今回、後者の医師がお手上げをしたことで、クリニックの日本語ができる医師から、日本の医療機関向けに紹介状を書いてもらいました。


 


1ヶ月後。日本への一時帰国中に、再度検査をすることにしました。


しかし日本の医師曰く、「インドネシアで出してもらってきたこの検査結果の数値が、日本の基準と違って訳分からん」と言うのです! 検査をして結果を聞くと、問題ありませんでした。自己免疫の病気なのではと疑われましたが、ホッとしました。


インドネシアに戻り、同僚に今回の顛末を話すと「そうよ~、インドネシア国内でも病院ごとに検査の基準値など違うから、気を付けて~」と返されました。


 


今回の一連の騒動で、痛感しました! 医療はやはり日本です。インドネシアは、オランダ植民地時代に作られた薬が元になっているとも聞いたことがあります。体格も違う西欧人の基準がそのまま残っている可能性も疑えません(あくまで個人的な感想です)。


一時帰国できるのであれば、そのタイミングに。また渡航前であれば、すべて検査を済ませてから、海外には出られるのをおススメします。日本以上の医療大国はない、と心底思った出来事でした!


 

経験した日: 2017年10月26日

Ambassadorのプロフィール


KOKO

85年生まれ、福岡市博多区出身。大学在学中にイギリスのリーズ大へ交換留学。 海外就労に憧れ、ハウスメイトのガーナ人に相談したら「日本でできることもたくさんある」と言われ、リクルート「九州じゃらん」で、地元福岡のホテル・旅館の営業をしながら地域活性に従事。その後、”都市の劇場”といわれる商業施設「キャナルシティ博多」でイベント企画・館内販促を担当。海外パフォーマー/アーティスト招聘、 通訳、ディレクションなど企画から現場までを行う。 26歳で地元を離れ、名古屋〜東京を経て移り住んだ長野・小布施町での農業との出会いが人生を変える。米農家の日本米の生産・現地法人立ち上げで来イし、3年弱、ど田舎で一人生活をしながら、ジャポニカ米のブランド作りに邁進。経営者撤退に伴う法人解散のち、インドネシアの日系スーパーに転職。現在は、バイヤー・仕入れ、デザイナー・商品開発を兼務し、日本の外から「食」を支えるべく奮闘中。

KOKOさんが書いたノート


インドネシア に関するノート