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青年校長5年目。バングラデシュで学校立ち上げ開始【教えて!噂の彼氏の海外事情】

Posted on 2017年07月14日
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1960

気づけばバングラデシュにきて5年が経っていました。


現在は約800人の生徒がいる校長として学校運営しています。


これまでいろんなことがありましたが、過去に遡り、バングラデシュに来る経緯から開校、運営など現在に至るまで、そして現地での出来事など少しずつしたためていこうと思います。

なぜバングラデシュに??きっかけを簡単に。

私は都内のある学校の教員として仕事をしながら、いくつか教育関係のプロジェクトに携わっていました。


バングラデシュに来る始めのきっかけは、BOSSから「バングラデシュにモデルとなる学校建設・運営プロジェクトをやってみないか?」の一声でした。その時はバングラデシュという国について何も知らなかったので、「おっ面白そうですね!」と曖昧な返事をしたのを覚えています。


 


バングラデシュについて調べてみると、バングラデシュでは勉強をしたくてもできない子どもたちが多くいること、学習環境が劣悪な学校が多いこと、そして学校ではマナー教育や善悪について(例:カンニングするのは当たり前)教えない学校が多いことなど、私にとって衝撃的なことばかり。


「人づくりは、国づくり。」という言葉があるように全て土台は教育だと思っています。


このプロジェクトがとても重要であることは確かでした。自分がどれだけのことができるか分からないが、こういった現状を知って何もしないわけにはいかなかった。自分が関わることで少しでもいいのでプラス方向に動くのであれば、できることを全力でやろうと思い、後日BOSSに「YES」と返答しました。

第一印象は・・・「多いなっ!!」

立ち上げメンバーも決まり、事前調査に初めてバングラデシュを訪れたのは、その1か月後の2012年2月のことです。


その時のバングラデシュの印象は「人が多い!!」です。都心部だけでなく、田舎に行っても「人!!人!!人!!」(苦笑)。 さすが人口密度世界一だけあるなと思いましたね。ただ、その時に感じたのはポジティブサイドで人の多さからくるエネルギー。混沌としている国だが、なんか面白そうだなとウキウキワクワクしましたよ。

バングラデシュ移住開始

学校の立ち上げに向けて2012年5月からバングラデシュに住み始めました。


※プロジェクト(学校運営)の目的や内容についてはまた後日記載します。


プロジェクトの立ち上げメンバーは4人。共同生活が始まりました。


住まいは首都ダッカの隣の県、ガジプール県プーバイル市。この地域周辺に学校の建設を考えていたため、不便だが住み始めました。ただ、そのおかげで地元の人たちと毎日交流をすることができ、バングラデシュの文化を学ぶ良いきっかけとなったのです。

立ち上げ当初のオフィス&住まい

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かなり田舎です。


4人で一軒家に住むことにしました。家の目の前は田んぼです。


見た目は良いですが、中は・・・ノーコメントで。

まずは現地の言葉を覚えないと!素晴らしい先生たち登場。

日本人が珍しく、毎日のように多くの現地の人たちが私たちを見に家に来ます。始めは仕事どころじゃなかったですね。(笑)


バングラデシュの公用語は「ベンガル語」。当時は一切ベンガル語を話すことができず、ベンガル語の本を片手に地域の方々と頑張ってコミュニケーションをしていました。


あることをきっかけに少しずつベンガル語を理解でき、話せるようになりました。


それは近所の子どもたちとの遊びです。


彼らは私たちと遊びたくて毎日のように私たちの家に来て「KATSU!!KATSU!!」と叫んでドアが叩きます。


その遊びを通してベンガル語を学べたことは良い機会でした。今思うと私のはじめてのベンガル語の先生でしたね。


その彼らも今では私の学校の生徒となり私を呼ぶときは呼び捨てしなくなりました(笑) 


非日常の出来事が繰り返される現地生活にも少しずつ慣れてきました。

経験した日: 2017年07月07日

Ambassadorのプロフィール


Katsu

宮城県仙台市出身。大学在学中はプロキックボクサーとして活躍。卒業後は日本の私学教員をやりながらタイ、カンボジア、ネパール、ミャンマーなどアジアの教育支援に携わる。その後、とある公益財団法人の仕事としてバングラデシュでモデル校となる学校建設・運営を任され、生徒数約1000名の学校をバングラデシュで立ち上げる。

Katsuさんが書いたノート


バングラデシュ に関するノート